たろうの音楽日記

日々の音楽活動に関する覚え書きです。

主夫日記10月1日 ~南の島で何が起こっているか~

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秋晴れの日だった。
パートナー、
‘みるまに’の個展も、今日が最終日↓

ameblo.jp


会期中(?)のイベントも落ち着き、
最終日の展示は、
のんびりしたものになりそうということなので、
家族を、
会場のイルチエロまで車で送った後、
ひとり時間をお願いした。

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観月橋から、
京阪電車に乗り、
ひと・まち交流館京都まで向かう。
講演会、

「メディアが報道しない自衛隊の先島ー南西諸島配備の実態」

に、参加するためだ。
週一回、保育園を通じて、野菜などを共同購入している
安全農産の企画チラシの束に、この講演会の案内があった。

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チラシを見た瞬間、
「これは知っておかねばならないことだ」
と、感じた。
安全農産は、いつも興味深い企画を知らせてくれるので、
本当にありがたい。

何回行っても何故か迷う、
ひと・まち交流館。
講演開始ギリギリの、
一時半に何とか到着。
息が上がっている。

講師は、
自衛官でありながら、
隊内で反戦ビラ配りなどの活動をし、
裁判沙汰までなるが、
無罪で言論の自由を勝ち取ったという、
軍事ジャーナリストの、小西誠さん。
(その他にも、平和のためのご活動は、枚挙にいとまがない…)

講演が、始まる。
小西さんの語り口は、優しい。


‘沖縄よりも、
さらに南西、
宮古島石垣島与那国島、そして奄美大島種子島も、
美しい自然が破壊され、
武装だった島に、
どんどんミサイルやレーダーが運びこまれて行く…!’

北朝鮮の弾道ミサイルが騒がれているが、
現実、戦火が起これば、
韓国のソウルなど、
真っ先に崩壊してしまう。
だから、韓国は「戦争だ」などというバカ騒ぎではなく、
「戦争」に対して、ものすごく冷静だ。
本来、日本もそうあるはずだ…’

知らないことだらけだ。

むしろ、
南西諸島の現実から、
日本と中国の間に、
‘新冷戦’が、あると小西さんは仰る。
そして、

「明日にはじまっても、おかしくはない」と。

なるほど、
それは一面の真実だと思う。
「明日にはじまっても、おかしくはない」
これは、
戦争でも天災でも当てはまることだ。
いつ、起こってもおかしくはない。
人間が、争う動物である限り、
そのために準備は、
常になされている。
それが、‘防衛’というやつだろう。
残念だが、相手があることなのだ。
ここで、思う。
何が必要なのか?と。
それは、
「原始的な、平和を願うパワー」
まず、
車を走らすための、ガソリンが不可欠だ。
平和のイメージが、
薄くなってきていないか?
まず、ここに力を結集させるのだ。

ボク個人が考えたことは、
何かというと、
とりあえずは、
女性や子どもに心配をかけたくない。
(オッサンたちは、この声に賛同してください!)
それだけ。

あまり知られていないことを、
まず、知る!
と、いうのが、
この講演会の大きなテーマのように、
感じた。
だから、
会場の空気そのものが、
まだまだ孤独なのは、
当たり前だ。
だって、ここからなのだから。
「明日の危機」に対して、
これからやっていくというのも、
おかしな話だが。
別に矛盾ではない。
なぜなら、ボクはそうやって生きているから。

そして、
孤独な講演会の中でも、
さらにボクは孤独だった。
専門色の強い、
防衛知識の質疑応答に中々、ついていけない。
ボクはまるで、閉ざされた島だ。
それが、良いのだ。
だからこそ、
「さて、どうやって伝えよう」と思うから。
孤独に、
一時の救いはあるのかもしれない。
かまわない、
それはそれで置いておけば良い。
でも、
ボクは、
「さて、どうやって伝えよう」と思うわけだから、
孤独に色をつけねばならない。

話を、しよう。
この日、
小西さんが語られたような現実が、あるのだ。
種子島奄美大島沖縄本島宮古島石垣島与那国島
カンタンに行けないところなら、
とりあえずは、伝聞でも良い。
リレイだ。
リレイで伝えていく。
こうして、書いている。
孤独に色をつけていく。
自分しか理解できないことなど、ないはずだ。
今度話そう、隣人に。
今度話そう、政治家に。
皆が、たくさんのことを知って理解すれば、
平和への道は、必ず開ける。
それぞれの、異なる力がある。
伝えるためには、ひとりではいけない。
ボクは、ひとりでは何の繋がりを築くこともできない。
今いる仲間との繋がりを、大切にする。
政党の問題ではない。
対話のしようもない相性というのは、
その人と自分自身の中にある。
それならそれで仕方ない。

今、知っている問題は何だ?
そう、
原子力発電所
秘密保護法。
安保関連法。
米軍基地。
共謀罪
軍備拡大…。

本当の平和の話を、あなたとしたいのだ。

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書きそびれたが、
講演会の連絡事項中、
誰かがおっしゃっていたのだが、
与那国島
‘日本最西端の島’という言い方は、
あまりよろしくなく、
‘東アジアとの交流の島’
が良い、
というのが印象的だった。
歴史的に、実際そうだったらしいが、
いいじゃないか!

講演会の第二部は、
自衛隊 この国営ブラック企業ー隊内からの辞めたい死にたいという悲鳴」
と、いうテーマだが、
子守をしに、帰宅せねばならない。
夕暮れというには、
まだ早い河原町通りに出て、深呼吸。

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まるで、
自宅に帰るように
イルチエロに戻る。
イルチエロの、壁や柱やガラス窓に畳。
皆、ボクに優しい。
二階のイベントスペースへと、
階段を上がると、
みるまには、すでに作品の撤収作業に取りかかっている。
子どもたち二人が、
いつも以上の勢いで、
ボクに向かって飛びこんでくる。
懐かしい。
いつも、一緒にいると鬱陶しいだろうが、
たまに旅に出て帰ってきたら、父もイイもんやろ?

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この後、とある友人の市会議員さんの、
選挙応援にと車をまた走らせた。
まあ、すでに投票日だったが…。
不在だったが、
事務所に署名だけして帰った。
翌日は吉報が届き、良かったです。
一日は、いろんなことがある。
P・Sの連続ですね。

不倫?

「不倫」と、いう単語はどうにかならないだろうか?
「倫」を「不(打ち消す)」
文字のまま解釈すると、
人の道から、外れているということになる。
だが、この単語を使って言われる現象は、
愛の矛盾であり、不倫ではない。

「不倫は文化だ」と、言った人がいたが、
彼はおそらく「不倫」という単語の持つ、
不正確さを、
何とか是正しようとしたのではないだろうか?
自分が思うように、
「不倫」→「愛の矛盾」ならば、
それは、単に、
人ひとりひとりが抱えたドラマなので、
「文化」という言葉で是正するのも、
これまた無理があり、
彼が本来伝えたかったニュアンスから、
かけ離れてしまい、
あげくヒンシュクを買ってしまったのでは?
と想像する。

そもそも、
人ひとりひとりが抱えたドラマを、
覗き見するというのは、
ただの悪趣味だ。

国会議員が、
愛の問題を世間から盗み見されることで、
失職に繋がるという事実が、
未だに現実とは思えないのだが、
自分も、普通にネットとか見ているので、
そういう情報は入ってくる。

自分が好感を持っていない国会議員が、
「不倫」で失職すると、ざまあみろと思い、
(滅多にないことだが)
自分が好感を持っている国会議員だと、
「可哀そうだ」と、思う。
贔屓や趣味や支持政党の問題というわけではなく、
女男の問題だ。

自分は、
男性だからかもしれないが、
女性の「不倫」には、魂の救済みたいなものを感じるのだが、
男性の「不倫」には、性愛か、性欲を感じとる。
(たったの2パターンで、申し訳ない。反射的に感じるのは、というコト)
男性の場合は難しく考えず、
まんま「不倫」と、言っておけば良いのかもしれない。

いつも思うのは、
女性への、異常な風当たりだ。
一切遊ぶことなく、結婚し、
結婚したら、亭主につくし、
他の男になびくことなどあるはずもなく、
子育て、
良くとも仕事に専念する。
男性が、
元々、存在していない、
菩薩だの聖母マリアだの
ママ偶像を勝手に作りだし、
何とか、
それをキープしようとやっきになっている。
それなのに、
日常的なセクシャル・ハラスメントは、
全く裁かれない。
今回の、
国会議員への私生活の覗き見が、
男性全般の、
マザー・コンプレックス的な
不気味な監視を表しているようで、
この現象自体が、
女性の心と行動を縛りつける
暴力のような気がする。

愛の問題のそれ自体が、何が悪いのだ。

そうは言っても、
愛とは、捕えどころの無い感情で、
自分は、
女性におもむくままの心にさからわないことを、
ススめることができるほど、
人間ができてはいない。
自分は、おそらく人並み程度には、
「愛の裏切り」で傷ついた経験があり、
また同時に、
人並みか、
いや、ひょっとすると、それ以上に、
女性を傷つけ、生きてきた。
傷つけるというのは、
傷つけただけのこと。
後悔と、反省があるだけだ。
だが、
「裏切られる」というのは、
どういうことだろう?
客観的に見る術はなく、
他者と比べる術もなく、
ひょっとして、自分が
「裏切られた」と、感じていることは、
全て、一方的な思いこみなのかもしれない。
(ダメだ、うまく書けない!)

人間は、
「ヤル」こと、食べること、怠けること、
…しか考えていない、
とまで、積極的に思うことにしている。
でなければ、
他者に対する、寛容さなど持ちえないし、
自身に関しては、
内面に抱えた欲望のドロ粘土を
素手でゆっくりとかきまわし、
壺でも作って、
見つめる作業を、
通過しなければ、
「立派なこころざし」など、
持てるはずもないと思っている。

今回、
スケープ・ゴートされた国会議員に関しては、
実は、
言われているほど、
本質的な興味は持っていなかったのだが、
議員としてどうなるかとのことより、
彼女が、
大切にしていた愛の矛盾を丸ごと
奪われるのではなかろうか?
と思い、
そっちの方に心が痛む。
もし、自分が彼女に裏切られた立場の男だとしたら、
唯一、憎しみの炎を燃やす資格があるのかもしれないが。

 

(ケースバイケースだし、わかるはずもないし、考えるべきことですらない、
 ただの、アテはめた、くだらない妄想である)

 

 

主夫日記8月13日 ~村上さんのお話を聞く~

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お会いする機会が少なくないにも関わらず、

これまで、村上さんの経験を腰を据えて聞こうとしたことが、なかった。
言い表せない程、お辛い経験だから、

聞くのを避けていた、というわけではない。
何となく、自分が、

この話を消化して人に伝える資格がないように感じていた。
しかし、勇気づけてくれたのは、村上さんの方だった。

なぜなら、現に村上さんはさまざまな場所で、多くの人に語られている。

機会を作るべく、懸命に働きかけられてる多くの方々がいる。
自分に資格があるなしの問題ではなく、

誰しもが聞き、伝えていかねばならないことなのだ。

少しの決意と共に、13日に、京都の「ひと・まち交流館」で行われた講演に顔を出した。

www.buzzfeed.com
↑ヤフーニュースでも、記事として取り上げられていたので、
未読の方がおられたら、読んでいただきたい。

 

今回の講演で、
興味深かったのは、
村上さんご自身が、文献や資料を駆使して、
満州での体験に、当時の政治背景を照らし合わせていたことだった。
それによって、国の非人道的なやり口が、
直接的に、村上さん一家を含めた、
さまざまな個人を悲惨な運命に導いたことが、
実に、はっきりと映し出されていた。

 

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歴史認識」と、いうものに悩むことがある。


本を読んでも、中々解答が出るものではない。
「歴史」というのは、誰が決めるのか?
他に適当な例が、
思い浮かばないので、
例えば、現職の総理大臣を考えてみる。
(他に、適当な例がない意外の他意はない)
彼などを見ていると、
自身のルーツやアイデンティティへの忠誠心ゆえに、
自らの視野にフィットした、
「歴史」を噂話や文献から掬い上げている。
そんな「歴史認識」が政治的立場に反映される。
(いわゆる「右」だろうが「左」だろうが)

歴史認識や、政治的立場は、
任意の人が、

自身を立脚さすために、
都合良く探す道具なのかと思うと、
自分は、人そのものにうんざりする。

考えれば、考えるほど、わけがわからなくなっていく。
歴史をどう解釈するかと、問われれば、
答えられるところは、
なるべく、ハッキリと答えようと心掛けているが、
私の歴史認識など、
現代の現状がこうだから、こうあるべきだという、

ただの仮の宿だ。いつでも。

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村上さんの、お話から、
71年前を、

満州の広大な土地と空気、
満天の星空を想像してみる。


終戦の混乱が近づく折、
11歳の少年だった村上さんは、
命じられて、飛行機の監視の任務に当たっていた。
夜空の星はあまりに綺麗で、
星なのか、飛行機なのかわからなくなっていったという。


「夜空を見上げているうちに、星なのか飛行機なのか、わからなくなっていく」

これは、まぎれもなく一人の少年の純粋な感覚だ。
決して、特別なものではない。
私たちが、この少年の、この時の、
心と視線に寄り添って、
自らを重ねあわすことは、容易だ。

そんな少年に、
肉親を喪失さすことを、
強制する背景とは、
一体何だというのだ。

村上さんは、仰る。
ヒューマニズムについて、もっと語られないと」
人間の在り方を、考えていくこと。
丁寧な言葉と、じっくりかける時間が必要だ。
ヒューマニズムを深めていくことは、
決して、面白いことではないと、思う。
まずは、他者でなく、
自分自身と静かに向き合う必要があるからだ。
聖も俗もある、人間としての自身に。
現に、
村上さんが、こうしてされているように。
『平和のために、敵と戦う』以前に必要な作業だ。
その上で、
「細い糸でも対話が必要」と、仰っていた。
国と国が対立しても、人と人なら。
あきらめては、ならないのだ。

図書館の責任者としての、
長年のご経験からのお話は、
情報戦争を勝ち抜くための読書ではなく、
古典文学など、良質の書に多く触れ、
人間の幅を広げることの、大切さをと。
どれもこれも、
平和のための建設的なメッセージだ。

今回のお話で、
衝撃だったのは、
お母様と妹の事の後、
村上さんご兄弟は、
11歳、8歳、4歳の3人で、
困難な帰路についていたことを、

今までになく鮮明に話されたことだった。
(周囲の助けは、あっただろうとはいえ)
考えれば、それ以外の状況が存在するはずもないが、
想像を絶する孤独と苦難を思い、
心の支え棒を失った気持ちにすら、なった。

しかし、心を壊すつもりで、お話を聞くのは、
この日が、最初で最後だ。
この日だけは、全て感情で聞こうと思っていた。
(ゆえに、細かい箇所の失念はあるはず。資料を読み返している)

 

「夜空を見上げているうちに、星なのか飛行機なのか、わからなくなっていく」
この感性を持つ少年に起こった、
物語、悲劇には、
まぎれもなく本物の「歴史」があるはずだし、
そこから出来上がって来る、
政治的立場や、平和のための活動は、
決して偽物にはならないはずだ。
私たちは、
村上さんのお話を、
100年、200年、1000年と伝えていかねばならない。
まだまだ、知らなければならないことは、山ほどあるのだ。


 

戦争を知らない大人の私

 

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全て、はっきりしたことは、わからない。
もはや、
尋ねることができる人間も、いないからだ。

 

祖父は戦争で、殺された。
今の私と同じくらいの年齢、40歳のとき。
(おそらく、である)
そんな、年齢の人間を徴兵しなければらならない程、
戦況は泥沼化していた。
もう、とっくにやめるべきだった。
誰がどのように、何故、始めたのか?

祖父の人柄を、想像する。

聞いたエピソードは二つだけ。
神戸の営林局に勤めていたこと。
今、着る人はいないが、
冬になると、マントを着こなすなど、
お洒落なところのある、人物だったということ。
それだけで、
戦闘などに、全く向かない人物だったのでは、
と思える、何となく。

だが、同時に確信もある。
孫の、勘だ。


南方で殺されたのだろう、
ということも聞かされている。
「だろう」と、いうのはこれも、わからないからだ。
軍から、薄い麻の服を支給されたから、

おそらく南方の戦場に放り込まれた。

レイテだが、ルソンだかわからない。
当然遺骨も、ない。

水木しげるラバウル戦記」を読むと、

南方の戦場まで兵士たちを乗せた船は、

劣悪な環境で、1室を無理矢理3室に区切ったような、

船室だったらしい。


死の予感がする、閉所。


一体、祖父はどのような死を迎えたのだろうか。
大岡昇平の「野火」によると、
兵士たちの死因の多くは、餓死だったという。
彼には4人の娘がいた。
飢えて死んだのだとしたら、
どんな辛さだったのだろう?

一方、祖母たちは

8月6日、
広島の呉にいたらしい。
これも、

子どもの頃、祖母に聞いた、
曖昧な記憶だが、
8時15分、
祖母は、
「…(広島市?)の方が、光ったのを見た」だか、
「(瓦?)…が飛んできて、屋根に当たった(もしくは、瓦が剥がれた?)」

だか、言っていた気がする。
そして、
ほとんど、消え入りそうな記憶だが、
「(道端で?)うずくまってる人が…何人…いて」
という、祖母の声と、
それを聞いていた、子どもの私の脳裏に浮かんだ、
イメージを、覚えている。
(絵本『原爆の図』のような、地獄の景色を思い浮かべた)
わからない、
祖母は、全く違う日の話をしてたのかもしれない。
子どもの私は祖母に、


「戦争の話を聞かせて」


と、言ったのだ。

だが、傍にいた私を生んだ人物は祖母に、
「戦争の話などするな」

と言い、私に続きを聞かさなかった。


広島の日、
私を生んだ人物は、
1歳くらいだったらしい。
もし、祖母たちが、
たまたま市内に入っていれば、
私は、この世にいなかったかもしれない。

 

さて、以前にも書いたが↓

tarouhan24.hatenablog.com


私は、全ての血縁と絶縁している。
決定的な引き金は、
私を生んだ人物が、
親戚のひとりで、

独特のペースで発達をする子に対して、
その子の血縁を遡り、

「広島にいたからかもしれない」
ことを、ヘイトの言葉で憶測したからだった。

だが、それは単なる引き金だ。
私を生んだ人物が、
私に重ね続けた、虐待と洗脳の、
裏側に、
「家庭における父親の強制排除」

という、彼女が幼少時代から、
抱えた問題があった

と、私は思っている。

敗戦後、
祖父の娘たちが学校に行くと、
同級生の中で、
父が徴兵され、殺されたのは、
彼女たちの家のみ、だったらしい。


アホな父親が、

見下り半を突き付けられ、
家庭から追放されるというのは、
そう悪くない。
だが、国に殺され、
家庭から消滅させられるというのは、
事の大きさが違う。
私は、子どもの時から、

いつも家の中、
穴の空いたバケツで、
水を汲み続けているような、

徒労感を感じていた。

この家には、底がない。
床もなく、
落ちていけば、止まらない。
支えるものが、ない。

説得も、決定も、収束も、信念も、対策も、予防も、歯止めも、聞き耳もない。

 

「おじいちゃん、助けて」
悲壮感という程のものではないが、
私は、会ったことのない彼に、

何となく、そう話しかけていた気がする。

母親が息子を歯止めなく、

食いつくそうとし、
息子が、その一切を断つというのは、
ひとつの狂気だろう。
ならば、母は何故狂ったのか?
その原因を全て戦争と、

父の強制排除に求めるのは、
間違っていると言われたこともあるが、
私は間違っているとは、思わない。
これは、勘というより、
私が子どもの頃から、

肌で感じてきたことだ。

 

だから、私は自分があやうい父親として、

強く存在することに、拘っているし、
私の人生の大きなテーマのひとつとなっている。

 

8月6日、9日、
そして敗戦の日を迎える。
私は、結局は苦労知らずだが、

「戦争を知らない大人たち」
にとっても、

戦争は苦い記憶なのだ。

 

 

愛というのは複雑な感情

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愛というのは複雑な感情で、
愛する人に、
どうしても相容れない部分を、
発見したとき、

私は、大きな喜びと危機を感じる。
しかも、信念として、
それは許せない、というレベルの相容れなさでないと、
喜びは見いだせない。

別に、
難しい話ではなく、
相手の行動に、

ちょっとした違和感を感じたとき
を、思い出せば良い。
誰にでも、思い当たる話だ。

愛する人のたまらない、イヤさ。
それを、
放置すると、

世界に害悪を与えるのではないか?

と、すら思うレベル。
(これも、大変よくある話だ)
面倒なら、

そのまま、関係を断てば良いだけの話なのだが、
この状況は、
実に運命の分かれ道だと、仮定しよう。

「あなたは、私にとっていい加減なヤツじゃあない」

腹をくくるのだ。


違和感を、違和感のまま、
苦しむことなく、飲みこめるか。
無理を強いるわけでは、ない。
苦い薬を、
包むオブラートは、
愛する人の、存在そのものを、
わけもなく肯定している、
文字通り、純粋な愛の感情。

人間は、社会的な動物。
目を遠くにやると、

気持ちよく付き合える友人が、何人かいる。
意外に、少なくない。
でも、すぐそばにいるのは、愛する人だ。
愛する人の、相容れなさという、

何のロマンチックさもない、
単なる、イヤな現実を乗り越えるための、
アイテムが、
純粋な愛の感情だとしたら、
フツーに素敵ではないか。



主夫日記7月11日 ~共謀罪が施行された日、三人の老師との対話~

7月11日。
共謀罪が施行された。

 

京都市伏見区は大手筋にて、
有志と共に、
共謀罪反対街宣。


現場に着くと、偶然、日本共産党が既に街宣を。
友人のYさんの姿も見え、私はピースサインを送る。

共産党街宣車と、入れ変わるようにして、
活動開始。

私は、マイクでのアピールはせず、
無言で、このプラカードを掲げる。

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①一人目の老師


すると、車道のド真ん中を歩く、
小柄で、日焼けした、キャップ姿のおじいちゃんが、
こちらをジロリと、見る。

「おまえらア、何をわかったこと言っとるんや!」


ナンダナンダ。


「わかったことって、な~にヨ!?」私は、おじいちやんに尋ねる。
「こんなんは、わかったことなんや、わかったこと言うてもアカンのや!

 アベはあ、アカン!アカンのや」おじいちゃん。


敵なのか、味方なのか、サッパリわからない。


(話してみよう)これも、太朗’sカフェだ!


おじいちゃんに、グッと近づいて見る。


明らかに、飲んでいる
(正午である)
歳は75歳。そんなにおじいちゃんでも、ない。
実年齢より老けている。
飲みすぎや。
「おまえはあ、いくつや?若いやろ。50くらいか」おじいちゃん
「40や…。10もちゃうで」私
「おまえ、麦飯食べたことないやろ!」
「白飯やな」


「そんなやつがな、こんなん言ってもアカンのや!戦争とか、知らん。

 ワシらん時は、大学なんかなかった!早稲田、慶応…あったけどな!」


なるほど、ロクに苦労もしてない若僧が、

耳学問で人に何かを訴えてもアカン

と、いうことを私に伝えようとしてくれてるのだ。

ならば、おじいちゃんではなく、老師だ。


「とにかく、アカンのやったら、麦飯のことは確実に覚えたから!」
と、私は老師に伝える。「アベもアカンのやろ。終わってもらうよう、こうして頑張るし、握手しようや!」

そう、申し出ると、
嬉しそうに、握手に応じて、何故か軽くハグして別れる。

老師は、フラフラとした、足取りで交差点を南方向に曲がる。
今から、また飲むんかいな。
私の真横では、弁護士の方が、共謀罪のバカらしい中身を、
冷静、論理的にアピール。
老師と対話していたもので、理解しやすかったであろうスピーチが、
聞きとれず、残念。
なるほど、これは、ひとつの景色だ…。

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②二人目の老師

 

場所を変え、
イオン前にて街宣。
スーパーの前とは言っても、

通りは広くなく、車と歩行者の距離が近い。


仲間は、マイクアピールを続ける。
私は変わらず、プラカードでの無言アピール。

すると、歩行車を押した、色白の老人が、
私のプラカードを、静かに見上げ、

 

「えらい、時代になった。安倍晋三…同じや。あの頃と」静かに言う。

 

これは、二人目の老師だと、すぐわかる。
老師は、私を見る。
深い目を、している。
こちらの心の底を、簡単に見越すことができるのに、

あえてそれをしないような、目だ。

腰は、曲がっているものの、矍鑠としているのが、見た目ですぐわかる。


自分は92歳だと、老師は言う。
「あの頃と、一緒や。あんた‘白紙’って知ってるか?赤紙は知ってても、白紙は知らんやろ?」

「知らないです」私は答える・

「あれで、働かせられた。同級生は、はよ死んでいった。満州で」老師
「強制労働、いうことですか?」
「………」老師はそうそう、ハッキリとは答えない。
「休みは月に一度やった」と、ポツリと言う。


満州は、岸信介が暗躍していたんですよね」私は浅い知識を、口にしてみる。


岸信介、アレにやられた。戦後捕まっていたのに、簡単に出てきた。孫の安倍晋三
 は、去年までは花を咲かせられた。毒花かもしれんが。だが、もう駄目や。人には、
 先の運命がある。私は、それが見える学問を知っている。彼は、落ちていく」


「何という、学問なんですか?」

「気学」

「………」私
「戦争が終わって、とてつもなく税をとられた。六万。今の六万やない。六千万と同じ。財産。何もかも。えげつなく盗っていった。そういうことも知られてない」


ゆっくり、小さな声で老師は話す。完全な聞きとりは、難しい。どこまでが、真なのかも、わからない。とにかく、92年の重みを感じる。

 

街宣が終わり、仲間たちと共に、撤収。

私も老師も吊られて、ゆっくりと移動する。

老師の帰路を少し、共にするような形になる。

「理性と、意思の力がすべてや」それを、大事にするようにと言わんばかりに、
老師は私に伝える。


「理性と意思で、感覚を捕えるということですか?」


老師は、少しうなずき、
「…おかげで、私はこの年齢でも、なにひとつ薬はとっていない」
そう言い残し、老師は大手筋のアーケードを抜け、

北の方角へと、向かって行った。


(白紙とは、何だろう?

 気学とは、何だろう?

 理性と意思の力とは、何だろう?)

 

 老師の姿が見えなくなってからも、私は思う。

 

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③ 三人目の老師

 

さらに場所を変え、
今度は大手筋の最西、
東京三菱UFJ銀行前での、街宣。
私は、同じようにプラカードで無言アピール。

今度は、自転車に乗った男が、ペダルをこぐ足を止め、
私のプラカードを、じっと見上げる。
茶色く染めた髪に、軽くパーマを当てている。
いぶかしげで、鋭い目つき。
アロハシャツを羽織り、口髭をたくわえている。

フュージョン・ミュージックが好きそうな、
やや、コワモテな風情。


全学連知ってるか?」男は私に尋ねる。


「歴史で知ってるよ」
「そんなんのために、こんなんがあるんちゃうんか?」
わからない。理解するために、いろいろ尋ねてみる。


男は、73歳だという。
驚いた。
「ヤンチャ坊主」だった名残すらあるのに、何と若く見えることか。
73歳ならば、ギリギリ老師と言っても良い。
話しているうちに、
キケンな過激派や『テロ』を取り締まるために、共謀罪は必要だろう、
と、私に伝えたいのだということが、わかった。

浅間山荘事件って知ってるか」三人目の老師は私に、尋ねる。
「後藤田さんが、出てきたやつやろ」私
「そうや、あんなん、えげつないで」老師
「オレかて、あんなんはキライやで。身内に疑いと刃立てて、内ゲバ起こして、
命奪うような連中は、大嫌いや」私

私が、実感を語ったからなのか、老師は深く頷く。
「おたくは、どこのモンなんや?」老師は尋ねる。
「どこでもないで、政党はニガテなんや」私
「民主(進)、共産、社民ちゃうんか?」
「共産は、さっき、あっちで頑張ってたで」
「あんなモン反対ばっかやろ。何もしとらへん。何かせな」
民進は、反対ばっかでもないやろ。こないだヤメた〇〇さんとか、他〇〇さんとか…」
老師が少し、口元を緩めたので、私はさらに、言う。


「そら、おっちゃん言うように、共謀罪で悪いヤツ捕まえてくれたら、ええで。けど、法律なんて、アホな人間が作って、アホな人間が使うモンやろ。勘違いで捕まったらタマランで。どう見ても過激派には見えんやろ、オレ。おっちゃんは、犯罪心配してるんやろうけど、オレは法律の穴、心配してるんや」

「そらまあ、人それぞれやわな」老師は答える。

 

単語ひとつひとつ採ってみたら、全くわけのわからんオレの話に、老師、何という理解力だ。

「それぞれ言うても、世の中平穏であって欲しいいうのは、一緒やろ。そやし立場違っても、その辺は、一緒にやって行こうや」私は、老師に言う。


だが、(一体、何を一緒にやるというのだ)と、自分でも思う。


「けど、この法律は、通さなアカン!」老師
「え…?」私
「…?」老師


「とっくに通っとるわい!(笑&怒)そやから、必死でこうやって反対してるんや!!(笑&怒)
知らんかったんかい!もうええわ。通っとるん、わかったら、おっちゃん安心したやろ!オレあ不安でしゃあないわい!」


イカった(?)私が、そう言うと、老師は自転車に乗って、手を振り(ちょっとウチ帰って、高中正義聴いてくるわ)とでもいうような、ニッコリ笑顔で、
大手筋を西へと去って行った。
(何や、笑うとカワイイやないか…)私


今度は、近くで話を聞いてた、おばちゃんが近くへ来て、
「イヤイヤ、私はおかしい思うで、この法律。私は戦争終わったとき、7歳やったから、わかる!」と、話しかけてくれる。
礼を言う。

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追記)しかし、私にとって、本当に敬愛する老師は、村上さんなのだ。
村上さんは、いつものようにマイクで語られる。


治安維持法を疑わなかった、ご両親が満州へ行くことも、疑わず、その後…


私ごときが、書けないが、

運送会社で勤務中の若者が、仕事の手を一端止めてまで、村上さんの話に真剣に聞き入っていた。
共謀罪が施行された、今日、この日の出来事を、私は忘れないだろう。

 

ええで! ~あいつは、阪急ブレーブス~

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人間というのは、
脆い生き物で、
何にも依存せず、

「自己」のみで生きるというのは、難しい。

完全なる、無宗教状態だとは、
中々、言いきれるものではない。
これは、私自身にも言える。

イスラム教も、
キリスト教も、
仏教も、

インディアンの教えも、
天皇教も、
会社の社訓も、
ある種の政治思想も、
創価学会も、
自己啓発本も、
占い師も、

ジョン・レノンも、

何ひとつ、信じられなかったので、
本当に、病院送りになってしまった。
(感じは悪いが、イヤミで言ってるわけではない…)
今、現在、自分が延々と、主夫日記をつけているのは、
この辺りに、原因があるのかもしれない。

家庭すらなく、
本当に、街中をさまよっていただけの頃は、
野球だけが、ボクの生きがいだった。
これは、人間離れした状態だ。

関西人でありながら、
阪神タイガース」ノリに、
どうも、馴染めなかった自分には、


「阪急ブレーブス


と、いう選択肢があった。

とにかく、

オシャレである。
学校のプールの縁のタイルみたいな、

阪急電車に、
ピンク色のラインのユニフォーム。


高級感溢れる外壁の、

西宮球場(行ったことは、ない)
何より、
意味は知らないが、
ブレーブス」という、

何処か洗練された響き。

阪急黄金時代と言えば、

思い浮かぶ名前、
福本、大熊、加藤英、マルカーノ、ウィリアムス、高井、中沢、
長池徳二山田久志足立光宏山口高志

だが、これは後付けで、
76年生まれの私は、

こんな時代は知らん。

安保闘争」くらい、ピンと来ない。

実際は、
山田久志福本豊(もはや、決して走らない)
星野伸之佐藤義則、ブーマー、松永、石嶺、蓑田浩二
そして、何といっても、

アニマル・レスリー


と、いったところだろうか。

 

ウエさん(親しみをこめて)は、
関西大学を、
表口入学し、
(同期の村山実さんは、名前を書いただけで、通ったらしい。
 あくまでウワサ)
将来、進むべき道は、
法学か、野球か?の選択だった、
と、いうほどのインテリ。
野球の道を選んでからも、
常に手元に本を、4,5冊は置いていたらしい。

そんな人物が、
どうして、日本シリーズで、
「これ以上はムダやないか?」と、思えるような、
1時間19分もの、

猛抗議をしたのだろうか?

最も、
この伝説の抗議も、

ボクからしたら、歴史の出来事で、
リアルタイムで、

初めて、ウエさんを意識したのは、
阪急の大エース、

山田久志投手の、
連続開幕投手の世界記録を、
ウエさんの采配で、止めてしまったときだった。

後、天下のNHKのニュースか、ドキュメンタリーが、
ウエさんや、山田投手が、
それぞれの立場から
「あの時」を、
振り返るという、

ド不幸企画を、放映していた記憶が、
うっすらとある。
何か、スタジオだか、
どこか、場所が判然としない、
真っ暗な背景の中、
画面ドアップで、

何かを語る、ウエさんの話の中身は、
子どもの私に、

理解できるはずもなかったが、
その苦悶に満ちた表情は、

何かを、確実にテレビ画面の向こうに、伝えていた。

 

次は、もうはっきりと、記憶しているのだが、
ウエさんの、最後の現役監督としての仕事、
日本ハムファイターズの監督時代。
(最晩年の、落合選手が在籍していた)


さすが、

ウエさんの手腕、
日ハムが、

(確か相手西武やったかな…)
優勝争いの、

デット・ヒートを繰り広げ、
珍しく、

天下のNHKで、パ・リーグの試合が放送されるということで、
テレビをつけてみると、

 

そこに、ウエさんはいない…。


気の毒に、
一口では言えない、

事情があったらしく、

ご家族の、宗教問題で辞任するというのだ…

なぜ?なぜ?
ウエさんについては、
ホントにわからないことが、多かった。
ご自身は、
あの伝説の猛抗議について、
「引くタイミングが、見つけられなくなった」
と言ってたが、それでもよくわからなかった。

 

ウエさんのことを、
同じく、
パ・リーグの伝説的選手である、

西鉄ライオンズ豊田泰光さんが、

このようなニュアンスで語っていたと、
記憶する。

「頭が良すぎて、周りがバカに見える」
言い得て、妙である。

温厚で、知性的、冷静沈着な人物が、
意外と、瞬間湯沸かし器だったりする。
ウエさんのおかげで、
ここ一番、
あなたが、それを絶対やってはいかん、
という場面で、
人がとんでもなく、
エキセントリックな行動をとったりすることを、

全肯定とまではいかんにしろ、
何となく複雑な感情で眺める、
トコまでは、
自分を踏みとどまらせるように、
できるようには、なった。

何だって、明日は我が身なのである。

どういう人だったんだろうなア。
上田監督。
イメージかもしれないが、
結局のところ、

根本では、

単に、人情家だったのではないだろうか?
小選挙区制以来、
結果のみで全てが語られる、

世の中になり(多分)
効率と対策ばかりが求められ、
人情は、紙キレのようになってしまった。


ウエさんが、
その役割を、終えはったことで、
世の中から人情というものが、

少々は、復活するのではないだろうか?
と、思えんこともない。


自分はどうあがいても、
ドライにも、クールにも、

生きられそうにない。
より、一層、

熱く、ウェットに生きようと思います。


ええで!