太朗のSo What?

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主夫からみた女性差別②

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そんな主夫才能にすがりつつ、今ボクは現実に主夫をやっているのですが、主夫生活を続けて気づいたことのひとつに、「女性がいかに差別を受けているか」がありました。これは、かなり重要なことで、感じることがあるたびに、その瞬間を強く意識するようになりました。とはいえ、子どもの頃から感じていたことでもありました。

 

絵本の中に、はっきり女性差別と言える世界があったのを覚えてます。
「乞食と王子」みたいにママとパパの役割が入れ変わる話で、会社で仕事をするパパに憧れたママが、これからはママが外で働くから、パパ家にいてと頼み実行するんですが、パパの代わりに会社に出勤したママは、仕事をすごくつまらないと感じるんです。細かい話は忘れたんですが、ママは一日中ずっと書類にハンコを押してるんですね。そしたら「こんなに一日中、書類にハンコ押すなんて、つまらないなあ。家に来る宅急便にハンコを押すのは楽しいんだけどなあ」とかママは言っているんです。で、外で働くのがホトホト嫌になったこのママが家に帰って、パパに様子をきくと、
「いやあ、やっぱり会社の方がいいよ、料理をしててお鍋が吹きこぼれたり、赤ちゃんは泣いたりしてタイヘンだったんだあ」とか言い、ママとパパは結局元の鞘に収まりました、めでたしめでたし、という話だったと思います。
気になるのは、ママのそんな行動が何となく、非知性的な感じに描かれてるように見えることでした。

そして、小学校の高学年になったとき、忘れられない出来事がありました。

ある日、友達の家でふざけて布団をぐちゃぐちゃにして遊んでいたのですが、その布団があんまりにもでかくてモコモコしていたもので、ボクは、

「こんだけ布団デカかったら、しくん大変やろ?」とか何とか友達に言いました。するとその友達は、
「おまえ、自分で布団ひくの?そんなん女にやらすぞ」と答えました。
この友達はすごく優しい男の子で、きっと今、優しい男になっているんじゃあないかと思います。だから安心してつきあえて、仲が良かったのですが。まさか穏やかな彼から、そんな言葉が出るなんで…ボクはびっくりしすぎて、何とも答えられませんでした。
「女にやらす」
30年を越えた今でも、この言葉は脳裏にきざみつけられてるわけだから、よほどボクに強烈なショックを与えたようです。
布団遊びをしていた友達の言葉は、生まれて初めてはっきり感じ取った、女性差別でした。

 

ボクはよく、「いいよいいよ!」という気持ちになっていたものです。男の子ということでワケもなく、優先されることが多いのが、むずがゆくて仕方がなかったんです。

女性差別的な社会状況は成人するまでの間も、大きな変化は、なかったと思います。ボクは普通に「男らしく」外で働き続けざるをえませんでした。イヤイヤ生きていました。イヤなものだからか、20年くらいずっとアルバイト暮らしでした。(不景気とか経済事情の問題は、ここでは置いといて)

そして、単にアルバイト暮らしをしているだけでも、大人社会での女性差別はより悲惨だと感じることが多々ありました。

 

10年ほど、アルバイトをしていた雑貨屋での話です。

雑貨屋だろうが何だろうが、客商売にクレームは付き物で、ボクも含めた店員は皆、対応に四苦八苦させられていました。
ある日のこと、70代くらいの初老男性が、肩を揺すり、大きな声で怒鳴りながら、店に入ってきました。何のクレームだったのか、もはや忘れたんですが、
「責任者を出せ」というようなことを言っていました。
たまたま、その初老男性から近い場所にショップの店長がいたんです。店長は、ボクと同じくらいの年齢の女性で、優秀な人でした。もちろん、クレームの対応も心得ていて、アルバイトのボクたちにも「この人が出てきたら心配ない」と思われてる人だったので、誰もがひとまずはその場に安心感を持ちました。

その初老の男性客に対峙した彼女は、
「お伺いします」と普通に言ったんですが、
「女はいい!」

と男性は怒鳴ったんです。それでも、彼女は何かを言おうとしたんですが、男性は彼女に決して考える隙を与えないかのように、
「女はいい!」とさらに声を荒げ同じ言葉を繰り返しました。
 彼女はあらゆる対応が可能なはずだったんです。でも、男性は「女はいい!」という一言で、対話そのものを拒否しました。

そのあと、他の男性店員が対応したんですが、大事にはならなかったです。クレームの内容が何にしろ、当り散らすことで、男性客は充分に怒りとストレスを発散できましたから。

専業主夫になったのは、その勤めていた雑貨屋が閉店したのがきっかけです。失職して、どうしようもなくなった、ちょうどその時、二人目の子供を出産して、育休中だったパートナーが職場復帰することになりました。整った子育て環境を保つのに、共働きは難しくありました。でもそのときは、自分が主夫になるという自覚はなく、あくまで求職中で、今でもそう。今と違うのはその時ボクは主夫であることに乗り気な「積極的主夫」ではないことでした。

 

つづく