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太朗のSo What?

世界最強の、主夫ブログを目指します!

もしボクが昭和天皇なら

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10代の頃、
公園で好きな女の子と二人、
ブランコに揺られながら、会話していた。
女の子が、
「なんで、天皇っているの?」

と、ボクに尋ねてきたので、
ボクは、精一杯のムズカシイ言葉を選び、
「せいぶつがく(生物学)的におかしいね」
と答えた。
二人、ブランコに揺られ、日も暮れてきて、
ロマンチックな雰囲気にもなっただろうに、
何故、天皇の話題になったのか、
全く、覚えていない。
でも、ボクの天皇への感じ方は、
このときのままだ。

 

子どもの頃見た、景色。

天皇制廃止!」という、
垂れ幕がどこかのビルの屋上から、
下げられていた。
(そりゃそうや。そういうもんやろう)
と、思ったのを覚えてる。

でも、後年、
天皇には戦争責任がある」
と発言した市長が(発言の前後は知らないが)

銃撃された、というニュースを見て、
(そんなにタイヘンなことやったのか?)

と、驚愕すると同時に、
言葉が、暴力の力で封殺される恐怖と理不尽を、

初めて知った。

本当に、昭和天皇に、
戦争責任はあるのだろうか?
よく言われてるように、
利用されていただけなのでは?
と考えて、
大日本帝国憲法を見てみた。
…何ということだ。
条文を見た瞬間、明らかに責任があることが、
子どもの頭でもわかった。


天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス』


こんな言い方は絶対にしたくないが、
……よく、処刑されなかったものだ。
あえて、天皇制を残しておく。

計算されつくされた、アメリカの、

えげつないやり方というヤツか?

象徴として、彼は残った。
象徴なんてものになる程、
面白くないことは、ないだろう。
どんな小さな集団だろうが、
「うまく納める」ためには、
必ずイコンは必要だ。
誰もが、やりたくない役割だろう。
自分の日常の範囲では、
PTA会長とか、町内会長くらいしか、思い浮かばないが、
そんな小さなイコンですら、
それなりに、統治のシンボルとして扱われる。
息苦しさは、容易に想像できる。
まして、地域社会どころか島国ひとつの、
イコンだ。
生命維持装置を装着され続け、
政治に声を上げることひとつできない、生活。
自分なら、気が狂う。


「生きながらえた」
イコンの彼に対して、
君が代」のリリックで送りだされ、
殺された、ボクの祖父がいる。
殺された、多くの命。
あの戦争で。
昭和天皇の名のもとに。

決してラクに殺されたわけではない。
地獄のような苦しみ。
子どももいた。
女性もいた。
思い出す。
怒り。

怒り。

…。

はだしのゲン」の最終章に登場する、
光子さんという、ゲンの恋人が、
昭和天皇の名のもとに殺された家族を想い、
怒りをぶちまけ、
「貧相なつらをしたじいさん、今上裕仁
と、言い放ったのを覚えている。
ボクはこのとき、
昭和天皇は、

名字が「今上」で
名前が「裕仁」なのかと思い、驚いた。
昭和天皇は、昭和天皇だと、思っていた。
(良かったな、名前があって。裕仁…良い名前だ)
光子さんには、とても言えないが、

 

「貧相なつらをしたじいさん、今上裕仁

温かい言葉に感じた。
彼女は、昭和天皇をイコンという牢獄から、
解放した。
素敵な女性だ。
もしボクが昭和天皇なら、
じいさん、とか、おっさんなどと呼ばれたら、
喜ぶだろう。
(彼女は、後、原爆症で殺されてしまう)

 

「貧相なつらをしたじいさん、今上裕仁

 

ボクは、人生の中で、この言葉を何回も思い出し、
散歩の途中で、ひとりつぶやいたりする。

対して、全然違う天皇観を教えられたこともある。
20代後半の頃、
バイト先で唯一仲良くしていた、年下の友人に、
小室直樹
「痛快!憲法学」という本を借りて読んだ。
小室直樹という人は、愛国意識のスゴイ強い人ですから、
半浦さんはきっと違和感を感じはると、思いますよ」と言った。
多分、その頃から、この島国は右傾化しはじめたのだろう。
本には、明治政府が、
ホコリをかぶって煤けていたような、天皇制を、
王政復古だのと言って、「今さら」全面に押し出した
理由が書かれていた。
当時の明治政府は、
西欧の植民地政策に対抗するため、
富国強兵のために、資本主義を押しすすめんといけなかった。
西欧の資本主義には、

キリスト教の「神」という精神基盤が不可欠。
当時の日本には、「神」なんていう宗教的基盤などないから。
キリスト教の「神」の代わりに、
天皇という「神」を

設定した。

ということらしい。
それで皆「天皇陛下バンザイ!」でバカみたいに、勤勉になり、
富国強兵し、

そして…。

この本に書いてあることが、正しいのなら、
内戦を残虐な方法で勝ち抜いた、
明治政府の権力者たちは、
別に天皇のことを好きでも何でもなく、
統治の必要上、天皇
設定した
だけだ。
驚いた。
為政者は別に、天皇を敬っていたわけではない。

「統治のために設定し管理する」という意識以上に、
冷たいものはない。
そのような立場にたった権力者は、

良心というものを、完全に失っている。
ひたすら冷たく、腐りゆく。

管理のために天皇制を設定した人物の前で、
純粋右翼も、純粋左翼も、
熱い心を持つ限り、全くの無力だ。
ボクは、ここに耐えられない。

管理する側の人間は、
決して、昭和天皇

 

「貧相なつらをしたじいさん、今上裕仁

 

などとは呼ばないだろう。
彼らなら冷たい眼差しで、
最大限の尊敬語を使うだろう。

「陛下」

と。