太朗の主夫日記 ~So What?~

世界最強の、主夫ブログを目指します!

かやつり草のある場所

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滋賀県で、
最近、知り合った友人の、

ちさちゃんとは、
ずいぶん、昔からの友人だった。

 

古いつきあい、ということになるので、

陽光差す、

彼女の部屋で、
お茶とお菓子を頂いていたとき、
自分の、失恋状態を説明してみた↓

tarouhan24.hatenablog.com

いや、このリンクには意味がない。(so what?)

読む必要などないし、読んでしまっていたら、すみません。
ちさちゃんは、尋ねてきた。


「失恋状態って、何なのか」と。


それに、何と答えるか?と、いう問題ではなく、
私は、失恋でもしていなければ、
ちさちゃんのことを書くのは、不可能だっただろう。

 

象徴的であろうが、
現実的であろうが、
失恋をすれば、大きなものを、失う。
傷だらけの、ひとりだ。
「ひとり」は、そこに、自分の場所を見定める。
本能的な修復作業だ。

場所。
ちさちゃん、彼女は、まるで場所だ。

私のための場所ではなく、彼女のための場所。

 

彼女は、‘かやつり草’と、いう場所と言葉を持っている。
*‘かやつり草’は、彼女のブログタイトル↓

sallygarden.hatenablog.com

 

これから、恋を失った私が、
ちさちゃんの場所に、行ってみたと仮定する。

 

 

比べたり、馴染めてないと感じることも、さみしさも、中途半端なつながりの中でいると余計にさみしいものです。

~‘かやつり草’ i am lonely but not aloneより~

 

 

ならば、どうすればよいのか?
今度は、私(so what?)が、ちさちゃんに、尋ねる。

 

 

意識して隠者となってみる

それがむりなら1人の時間をつくってみる 

根を張ってみる。

(いや根を張っていることにめをむけてみるか)

~‘かやつり草’ i am lonely but not aloneより~

 

 

 「なるほど」と、私(so what?)は、思う。
…なるほど、注意深く考えたら、そのようになるのか?

彼女は、世界一孤独なのかもしれない。
それならば、気を使わなくて済む。
ちさちゃんには、‘かやつり草’があり、
私には、so what?(だから何?)がある。
どちらも、孤独な惑星だ。
大きな声で、叫べばよい。
「お~い、そちらの寂しさは、どないなもんなんや!」

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彼女には、言葉以外にも、うたがある。


キぺルスパピルス…↓

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彼女は、彼女の場所で、
何にでもなれるのだ。
だから、ちさちゃんは、たまに自分を消す。
彼女自身が、場所なのだから、別に不可能なことではない。
彼女には、表現する必要すら、ないのかもしれない。
でも、ちさちゃんは、言葉と歌を届けてくれる。
親切な、道しるべのように。

バンド・メンバーはウクレレと歌うたいの、とむやんと、

芝生みたいなベース弾き、あきさん。
三人編成のバンドの中で、
ちさちゃんの声は、彼女の背中から溶け出すように、聴こえてくる。
ウクレレか、ピアニカの音を鳴らすときもある)

 

キペルスパピルスのショウのとき、
は、

どうするかというと、

彼女を、
暗い海原の灯台のようにして、
己の生きる場所を、確認するのだ。

ちさちゃんのうたが、
彼女の背中から聴こえてくる。
さらに、そのまた後に、言葉たちがひかえている。
言葉が、一言も話さない。
当然のことなのだ。
言葉が出てくるのは、
理解が足りていない、部分なのだ。
理解しつくしたことを、言葉にする必要はない。

かやつり草に、一番大事な部分は、
言葉に、出てきていないところなのだ。

ついでに言うと、
ちさちゃんは、
何かを求めて、遠くに行くとこもないだろう。
(根を張っていることにめをむけてみる)
旅は、必要かもしれないが、多くなくとも良い。

まるで、
私の
so whatの、

‘旅にでなかった’だ。↓

tarouhan24.hatenablog.com

 

私の部屋は、この「so what?
おいで下さいまして、ありがとうございます。

 

もし、ちさちゃんが、
私の部屋に遊びに来ていて、
そこから出ていったとしても、
私は、さほど気にしないだろう。
アテにしているわけではないはずだ。
なにせ、

彼女は批評眼を、持ち合わせているものだから、
批評を批評しても、

無限の合わせ鏡になるだけなのだ。
静謐な、ミニマル・ミュージックのように。
それこそ、‘so what?’的な。

’ これからは、
‘かやつり草’を読むときは、電気を消そうと思う。

そうすれば、私は、この胸の痛みからも、ようやく解放されるのだ。