太朗の主夫日記 ~So What?~

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主夫日記8月13日 ~村上さんのお話を聞く~

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お会いする機会が少なくないにも関わらず、

これまで、村上さんの経験を腰を据えて聞こうとしたことが、なかった。
言い表せない程、お辛い経験だから、

聞くのを避けていた、というわけではない。
何となく、自分が、

この話を消化して人に伝える資格がないように感じていた。
しかし、勇気づけてくれたのは、村上さんの方だった。

なぜなら、現に村上さんはさまざまな場所で、多くの人に語られている。

機会を作るべく、懸命に働きかけられてる多くの方々がいる。
自分に資格があるなしの問題ではなく、

誰しもが聞き、伝えていかねばならないことなのだ。

少しの決意と共に、13日に、京都の「ひと・まち交流館」で行われた講演に顔を出した。

www.buzzfeed.com
↑ヤフーニュースでも、記事として取り上げられていたので、
未読の方がおられたら、読んでいただきたい。

 

今回の講演で、
興味深かったのは、
村上さんご自身が、文献や資料を駆使して、
満州での体験に、当時の政治背景を照らし合わせていたことだった。
それによって、国の非人道的なやり口が、
直接的に、村上さん一家を含めた、
さまざまな個人を悲惨な運命に導いたことが、
実に、はっきりと映し出されていた。

 

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歴史認識」と、いうものに悩むことがある。


本を読んでも、中々解答が出るものではない。
「歴史」というのは、誰が決めるのか?
他に適当な例が、
思い浮かばないので、
例えば、現職の総理大臣を考えてみる。
(他に、適当な例がない意外の他意はない)
彼などを見ていると、
自身のルーツやアイデンティティへの忠誠心ゆえに、
自らの視野にフィットした、
「歴史」を噂話や文献から掬い上げている。
そんな「歴史認識」が政治的立場に反映される。
(いわゆる「右」だろうが「左」だろうが)

歴史認識や、政治的立場は、
任意の人が、

自身を立脚さすために、
都合良く探す道具なのかと思うと、
自分は、人そのものにうんざりする。

考えれば、考えるほど、わけがわからなくなっていく。
歴史をどう解釈するかと、問われれば、
答えられるところは、
なるべく、ハッキリと答えようと心掛けているが、
私の歴史認識など、
現代の現状がこうだから、こうあるべきだという、

ただの仮の宿だ。いつでも。

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村上さんの、お話から、
71年前を、

満州の広大な土地と空気、
満天の星空を想像してみる。


終戦の混乱が近づく折、
11歳の少年だった村上さんは、
命じられて、飛行機の監視の任務に当たっていた。
夜空の星はあまりに綺麗で、
星なのか、飛行機なのかわからなくなっていったという。


「夜空を見上げているうちに、星なのか飛行機なのか、わからなくなっていく」

これは、まぎれもなく一人の少年の純粋な感覚だ。
決して、特別なものではない。
私たちが、この少年の、この時の、
心と視線に寄り添って、
自らを重ねあわすことは、容易だ。

そんな少年に、
肉親を喪失さすことを、
強制する背景とは、
一体何だというのだ。

村上さんは、仰る。
ヒューマニズムについて、もっと語られないと」
人間の在り方を、考えていくこと。
丁寧な言葉と、じっくりかける時間が必要だ。
ヒューマニズムを深めていくことは、
決して、面白いことではないと、思う。
まずは、他者でなく、
自分自身と静かに向き合う必要があるからだ。
聖も俗もある、人間としての自身に。
現に、
村上さんが、こうしてされているように。
『平和のために、敵と戦う』以前に必要な作業だ。
その上で、
「細い糸でも対話が必要」と、仰っていた。
国と国が対立しても、人と人なら。
あきらめては、ならないのだ。

図書館の責任者としての、
長年のご経験からのお話は、
情報戦争を勝ち抜くための読書ではなく、
古典文学など、良質の書に多く触れ、
人間の幅を広げることの、大切さをと。
どれもこれも、
平和のための建設的なメッセージだ。

今回のお話で、
衝撃だったのは、
お母様と妹の事の後、
村上さんご兄弟は、
11歳、8歳、4歳の3人で、
困難な帰路についていたことを、

今までになく鮮明に話されたことだった。
(周囲の助けは、あっただろうとはいえ)
考えれば、それ以外の状況が存在するはずもないが、
想像を絶する孤独と苦難を思い、
心の支え棒を失った気持ちにすら、なった。

しかし、心を壊すつもりで、お話を聞くのは、
この日が、最初で最後だ。
この日だけは、全て感情で聞こうと思っていた。
(ゆえに、細かい箇所の失念はあるはず。資料を読み返している)

 

「夜空を見上げているうちに、星なのか飛行機なのか、わからなくなっていく」
この感性を持つ少年に起こった、
物語、悲劇には、
まぎれもなく本物の「歴史」があるはずだし、
そこから出来上がって来る、
政治的立場や、平和のための活動は、
決して偽物にはならないはずだ。
私たちは、
村上さんのお話を、
100年、200年、1000年と伝えていかねばならない。
まだまだ、知らなければならないことは、山ほどあるのだ。