太朗の主夫日記 ~So What?~

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ド不幸自伝③ ~バカラ~

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≪前回までのあらすじ≫
:20代前半。両親の借金のため、兵器工場で、働くことになった自分は‘モアイ’像によく似た男と、知り合いになった:

モアイは、
自分を、
今まで全く知らなかったような場所へと、
連れ出した。
例えば、
モアイは、
こんなことを言うのだ。

バカラ行こか」

自分は、
バカラ’の意味がわからない。

「まあ、ついてこいや。社会勉強や」

そう言われると、
まるで雛鳥のように、
自分はモアイの後を追ってしまう。
だからなのか、
モアイの姿形で、一番記憶しているのは、
後ろ姿だ。
背は、それほど高くない。
手足も長くなく、
いかり肩で、啖呵を切るような歩き方は、
本当に、モアイ像が歩いてるかのように見える。
かといって、堂々としているわけでもなく、
常に、何かに怯えているようだった。
いや、『ようだ』ではない。
観光客が、
携帯電話で記念撮影をしているところに、
出くわすと、
モアイは慌てて、
水たまりを避けるように、
カメラの焦点から逃げ出そうとする。

「人の映像に入りたくないねん」

と、モアイは言う。
自分はモアイは何か、
変わり種の宗教にでも入っているのか?
と、思った。
そんな怪しさも、
人物にひとつの‘魅力’があるうちは、
神秘性に変換されてしまう。
オウム真理教の信者などは、
麻原彰晃を、
ハンサム・ダンディーに感じていたというくらいだから。
そういえば、
モアイは麻原のことを、

「アイツも、力は持っとったんやで。ただ、蛇が降りていたらしいな」

と、言っていた。
90年代後半、
オウム事件の記憶は、世紀末の象徴として、
大変生々しく、
まだまだ話題に上がることが、多かった。
原発事故以前、
国の構造そのものの崩壊に、
気づいている人は少なく、
そのぶん、
個人の心は、
それこそ、
草や木のない工場地帯のように、
荒廃していた。

一方、
モアイの立ち振る舞いの方は、
神秘性からは、全くかけ離れたものだった。
チェーン・スモーカーであることは、まだ良い。
チェーン・ドランカーでもあった。
右手にいつも、
安物の缶チューハイを握りしめ、
酒臭い息を吐き、
シラフであるということがなく、
却って、
飲んでいる状態が、シラフに見えた。

服装も、思い出した。
無意味なアルファベットのロゴが刺繍された、
真黒いキャップを深く被り、
サングラス姿で、
酒に焼けた赤黒い顎が、
庇の下から付き出るように、延びている。
常に、
黒もしくはグレーの、
上下スウエットを着用しており、
まるで、自ら闇に飲みこまれようと、しているかのようだ。

モアイは、
夜の街の路地裏へと、入っていく。
自分は、その後を追う。
22歳の自分など、学生のようなものだ。
夜の街に繰り出しても、
街の表側しか知らない。
行くところと言えば、
チェーン店の、居酒屋くらいだ。
モアイは暗闇へと、
暗闇へと入って行く。
もはや闇に溶け込まれ、
終いには、見えなくなっていく。
慌てて後を追う自分も、光から遠ざかる。
かすかなネオンの光を
背中を頼りに、感じとるしかない。
いつのまにか、
地下へと降りる階段を、
一段、一段下って行く。
長い階段ではない。

奥底に、人影の気配を感じる。
近づいても、顔は全く見えず、
背格好からかろうじて、
男であることくらいしか、わからない。

「このビルに、バカラはあるか?」
モアイは、男に尋ねた。

目が慣れてくると、
ブ厚い鉄の扉が、正面にあるのが、
薄ら見えた。
顔が見えないその男は、顎でモアイを促し、
扉をぐいっと開けた。
光が射すかと思ったが、
かすかな青い光が漏れてくるだけで、
相変わらず、暗い。
男の顔が、
幾分、はっきりと判別できるようになった。
見てみると、
赤茶色に染めた髪の毛が、
唯一の特徴と言えるくらいの、
どこにでもいるような、
男だった。
ベストに蝶ネクタイ姿で、
ひどい、仏頂面をしている。

さらに目を凝らすと、
扉の向こうは、広い空間だ。
中央に、
大きなルーレット台があり、
何人かの人間が、
椅子に座って、台を囲んでいる。
モアイは、
馴れた様子で空いている座席に腰掛けた。

「オレはどうしたらええの?」
自分は、モアイに聞いた。
「そこの空いてる椅子に、座っとったらエエ」
モアイは言った。
言われた通り腰かけるとすぐ、

「そこ、座らんといいてくれ」

と、背後から野太い声がした。
振り向くと、
上下ブルーのスーツに、
これまたサングラス姿の大柄な男が、自分を見降ろしている。
仕方なく移動し、
モアイの斜め後ろの、
何もない床に、所在なく立っていることにした。
ルーレット台で、
モアイが何をしているのか、わからない。
モアイの正面に、
先程の男とはまた違う、
ベストに蝶ネクタイ姿の男性が立っている。
(ディーラーというやつだ)

早く帰りたいと、自分は思った。
これが、社会勉強なのだろうか?

「チッ!」

モアイの舌うちが暗闇に響いた。
モアイは、
スウェットのポケットに手を突っ込み、
4,5枚の一万円札を取り出すと、
無造作に、
ルーレット台の上に投げつけた。
ディーラーは、
「ありがとうございます!」
と、叫び、
暗闇の四方八方から

  「ありがとうございます!」        「ありがとうございます!」


        「ありがとうございます!」

                      「ありがとうございます!」
 「ありがとうございます!」

と、声が、聞こえてくる。
モアイが、ルーレット台に投げつけた、
一万円札は、
まるで、鼻をかんだ後の、
ティッシュのようで、
全く価値あるものに見えず、
金銭の尊厳も全く無かった。
例え、自分があの金を、
「バカなことに使うな!」
と、取り上げて、別なコトに使おうとしても、
腐り果てた金は、効力を失い、
誰からも、突き返されそうな気がする。

どれほどの時間、
この空間にいたのか、覚えていない。
どうやって、帰ったのかも覚えていない。

(モアイは一体、金をどんな風に思っているのだろう?)

そんな疑問が残ったことだけ、覚えている。

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このように、
1998年は、
モアイと二人で遊び歩いていた。
モアイの周りにいた、
元工場の若者たちは、
皆、粉もの屋の店員となっていたので、
モアイは自分を、遊び相手に選ぶしかなかったのだ。
モアイが、
粉もの屋の店頭に立ち、
働いていたのは、開店してほんの2,3日間だけだった。
自分たちだけが、働かさせられてる若者たちは、
次第に、モアイへの不信感を深めて行き、
ひとり辞め、
ふたり辞め、
やがてモアイと自分の二人だけになる。

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98年7月30日に、
橋本内閣から、小渕内閣へと変わっている。
小渕内閣の記憶は、余りない。
覚えているのは2000年4月、
在職中の小渕氏が倒れ、
急逝してしまう直前の会見映像だ。
当時の自由党との決裂について、
小渕氏が、記者からの質問に答えようとしたときの、
不自然な言葉の空白を捕えた、
あの衝撃的な映像だ。
明らかに小渕氏に、
病魔が襲いかかった瞬間だった。
この政治劇の成り行きに、
全く注目しておらず、何も知らなかった自分は、

(小渕さん、気の毒やな。小沢一郎というのは、ずいぶん冷血な人なんかいな)

と、単にテレビの印象から、そう感じていた。
90年代は、
インターネットより、
テレビや雑誌の影響の方が、まだまだ強く、
余り見る方ではなかった自分も、
時事問題の記憶は、
テレビ映像で脳内再生される。
98年8月に、
丸っこく可愛らしいデザインの、
初代i-macが発売され、
この大ヒット商品を、
さほど、間をおかず購入したはずだから、
この年が、自分のインターネット元年だ。
そうは言っても、
SNSも、アマゾンも無い時代だから、
単に、情報収集の1ツールとして使っていただけだが。

先程、個人の心の荒廃について書いたが、
真に荒廃していたのは、自分の心である。
恐ろしいもので、
荒廃は即、
極度の社会的無関心へと繋がる。
二千円札地域振興券
本当に、
くだらないことだけが、
記憶の断片に残っている。
一方で、
今に至る、
自公連立政権小渕内閣から始まっており、
後の、安保関連法のひとつになる、
周辺事態法も、
小渕内閣で、
成立されてしまっている。
悪ふざけでも何でもなく、
こんな大切なことすら、覚えていないほどの、
荒廃なのだ。
この時期、意識をまともに保っていた方に、
小渕内閣とは何だったのか、教えてほしいくらいだ。
権力者は、庶民に、モノを考えて欲しくはないだろう。
酒、ギャンブルなどに依存してくれれば、
それで万々歳だ。

この他にも、
モアイが、
自分を連れて行く場所は、
競馬場、競艇場、パチンコ屋…
そういった場所、ばかりだった。
本来、自分には全く興味のない所だった。
モアイは何故か、
パチンコ屋の社長や、
そこに出入りする、
知り合い、そのまた知り合いを
次々と紹介してくる。
皆、
モアイと同じように、
拝金的な考えと
刹那的な感性を備えていて、
漂うオーラは、似たようなものだった。

当時の自分の写真を見ると、
上下、スウェット姿で、
夜でもサングラスをしている。
知らぬ間に、
格好までモアイにそっくりに、なっていたのだ。
10数年後、
工場の派遣仲間の若者のひとりと、
街中で偶然再会したとき、

「戻ってきたんやな」

と、言われようやく
世紀末当時に、
自分がおちいっていた状態を自覚し、
背筋に寒いものが走った。

荒廃の例は枚挙にいとまがないし、
もうしつこいので、この辺でやめておくが、
次回、
モアイと沖縄に行ったエピソードだけは、
書いておこうと思う。

*この自伝は、事実を元にして書いていますが、あくまでフィクションです*

つづく→