太朗の主夫日記 ~So What?~

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ド不幸自伝⑥ ~愛せたかも知れない、そして発症~

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≪前回までのあらすじ≫

:20代前半。両親の借金のため、兵器工場で、働くことになった自分は‘モアイ’像によく似た男と、知り合いになった。モアイは工場の若者を集めて、粉もの屋を開店する。自分はモアイと、無意味に頽廃的な遊戯を繰り返す。果てに、理由もなく、消費者金融でモアイのために、金を借り入れてしまうのだった:

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〈ああなったのは、いつの日のことだったのだろう?>と、今自分は思う。

1999年の終わりを、
かろうじて、まともな心で捕えていたのは、覚えている。
まともとは言っても、
生活は、普通ではない。
大みそかも、モアイの粉もの屋で酒を飲んでいた。

「ああ、いよいよ1000年代が終わるんや」

店のカウンターから、
木屋町通りの喧騒を、
静かな心で眺めていた。
そして、
(何故こんなに虚しいのだろう)
とも、思っていた。

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すでに、
工場を辞めていた。
自分は、
人生を、取り戻す必要があった。
先に書いたように、
両親の借金は相続放棄で消えていたし、
懸念だった妹の学費も、
支払える見込みが立った。
「自分は何のために生きているのか?」
を、思い出す必要があった。
すっかり深酒の習慣がついていた自分は、
粉もの屋の常連客
(自分も周囲からは常連客と思われていたが)
に、
「人間は何のために生きるんや!人間は何のために生きるんや!」
と、かなり狂った調子で、
日々、クダを巻いていた。
モアイですら、
そんな自分を見ると、
「おまえが喋ると、客が引く。黙っててくれへんか」
と、告げるほどだった。
モアイの方は、全ての若者に逃げられていた。
旧知の仲だという、何処からか連れてきた男と二人で、
カウンターに入る他は無くなっていた。

「何のために生きるのか?」

わかろうはずもない。
自分は、極めて自由な監禁状態の中にいたのだ。
この世を少しも知らぬ人間に、
生きる理由など、見えてくるはずもない。

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人生を取り戻すためだけに、
工場を辞めたわけではなかった。
居辛くなったのだ。

ある日、
全く普通に、
3年半少しも変わることがなかった、
‘バリ取り’の作業をしていると、

「〇〇さん、〇〇さん(自分の名前)、3番に電話です。事務所までお越しください」
と、社内放送が入った。
真っ先に、
周囲の‘パートのおばちゃん’たちが、
不幸を感じとり、
「すぐに行きなさい!」
と、自分を促した。
外線を取ると、金融会社からだった。
返済が滞っているという通知だった。

「もう少し、待ってください…」

絶望的な気持ちで、自分はそう言った。
工場の人間に、
どのような言い訳をしたのか覚えていない。
注がれた、数多くの怪訝な視線だけが、脳裏に焼き付いている。
仕事が終わると、
すぐに自分はモアイの粉もの屋へと向かった。

「コラ!オマエ!会社に電話が掛かって来たぞ!迷惑かけん言うたやろが!」

それは、
自分の口から出た言葉とは、思えなかった。
他の客のことなど、全く無視していた。
追い込まれた人間のみが見せる、爆発的な凶暴さ。
余りに、哀れな代物だった。
自分の体の周囲が、
真黒いオーラのようなもの、
怒りと悲しみの粘膜のようなものに、
包まれているのを、感じた。
窒息するかのような、息苦しさだった。

ほんの一瞬、モアイは怯えた表情を見せた。
すぐに、いつものように、
下顎を突き出し二ヤリと笑うと、
カウンターからゆっくりと出てきて、
狭い店の中、なるべく自分を隅の方に、隅の方にと
追いやり、顔を近づけてきて、

「あれは、オレにはもう終わった話やねん」と、自分に言った。

「はあ?」

「…でもな、そんなしょうもない電話が掛かって来たんか。
すまん、迷惑かけたな。腹立つし、速攻(カネを)入れたるわい」

「本当に頼む」と、自分は答えた。
モアイの言葉を信じる以外、どうすることも出来なかった。

その後、
何回も何回も、
金融会社から、催促の電話がかかってきた。
度に、モアイに怒りを示したが、
次第に怒りを表す方法も、わからなくなっていった。

(必要なカネは、もう貯まったのだ。
辞めても、しばらくは食べていける。
兵器を作る仕事など、
もうたくさんだ。
あとは、
モアイのカネだけが、解決すれば、
自分は、人生を取り戻すことができるのだ)

辞めてからは、
毎日、粉もの屋に通った。
毎日、モアイの姿を見なければ安心できなかった。
(監視だ)
モアイと離れているときは、
常に、
文字通り、黒雲のような不安が胸の中に存在した。
その不安は、朝起きてから、寝るまで、
止むことはなかった。
不安を紛らわすため、
(モアイのカネがきれいになりさえすれば、全てが終わるのだ)
と、何度も自分に言い聞かせた。
終わってくれないことには、次に進めなかった。
自分の力で、何をどうすることも出来ず、
じっとしていることが出来なくなり、
常に何処かをフラフラと、
さまよう生活をするようになった。
ぞれが、自分にとっての2000年代の、始まりだった。
24歳になろうとしていた。

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さすがに、
モアイとしか、
会っていないというわけではなかった。
ずっと、夜の街に生きていると、
人間関係も夜のものになってくる。
水商売の世界に生きていた、
10歳ほど年上のある女性と、頻繁に逢うようになった。
彼女は、
自身のことを「カウンター・レディー」
と説明していた。
自分には「カウンター・レディー」というのが、
何なのかわからなかったが、深く尋ねもしなかった。
笑うと彼女の目は糸のように細くなり、黒目すら見えなくなる。
表情そのまま、彼女はすごく優しかった。
何となく、
家にも転がりこみ、
(彼女にとって、それは絶対の秘密だった)
自分は、その場所に落ち着こうとしてみる。
落ち着くことができる気もしたのだが、
そこから関係が、
前進することは、なかった。
自分は、
自分の置かれた状況(カネのこと)を彼女に明かすと、
多大な迷惑がかかると、考えていたから、
肝心なところで、遠慮していた。
完全には、心を開いていなかったのだ。
彼女はよく冗談めかして、

「何かあったら電話ちょうだい」

と、言っていた。
確かに自分は、
いつ、何があってもおかしくないような雰囲気に、
満ち溢れていた。
「電話をちょうだい」には、
曖昧な返事をしたが、
最後には、
「ありがとう」と、言ってみる。
すると、彼女はまた、
瞳の見えない糸のような笑顔を、
見せるのだった。

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落ち着かない。

彼女と一緒にいて、落ち着くような気がするというのも、
無理矢理、自分に言い聞かせていただけのことだ。
結局、変わらず自分は、夜の街を彷徨い歩く。
ひとりだと、
やはりモアイのことを思い出し、
不安で仕方なくなる。
胸の黒雲が、体を突き破りそうだ。
(あのカネさえ、きれいになれば大丈夫だ)

きれいになるはずなど無いことに、気付く。
自分は、とんでもないことをしてしまったのだ。

瞬間、腹が減ったような気がした。
目の前にあった、
チェーンの牛丼店に入った。
ひどく寒い。
呼吸が異常に荒い。
スースー、ゼーゼー、という呼吸音が、
周囲の人間が振り向く程、漏れていた。
カウンターに腰かけ、店員に食券を渡して、
目の前に丼が置かれたそのとき、
水風船が弾けるように、
胸の中にあった黒雲が、
肺をつきやぶった。
同時に、
つま先辺りから、
ドス黒い音風が間欠泉のように吹き出し、
自分の肉体を突き上げた。

「おおおおおおおおおお!」

これは、心の声だ。
実際には発することすら、出来ない。
全ては、幻覚だ。
だが信じられないような、邪悪と恐怖の感触は、
まぎれもなく本物だった。
可笑しなことだが、
(自分の人生にこんなことが、起こるなんて)
と、感じている心も何処かに残されていた。

大声で、叫んでいるつもりだったが、
声が出ない。
牛丼には手をつけず、
弾丸のように、店を飛び出した。
(先払いで無ければ、無銭飲食を働いていただろう)
もちろん、周りの客の様子など覚えていない。

自分の足は、本能的にモアイの粉もの屋へと、
向かっていた。


*この自伝は、事実を元にして書いていますが、あくまでフィクションです*

つづく→