タロウの音楽日記

日々の音楽活動に関する覚え書きです。

7月7日~ふしみ政治カフェで歌う~

こんにちは、太朗です。

7月7日、

喫茶うずらにて行われた↓
https://www.cafe-uzura.info/

「ふしみ政治カフェ」に、ウクレレミュージシャンとして参加しました。

「♪生活のうた」
「♪ロストジェネレーションのうた」
「♪資本主義」

の、3曲を歌わせてもらいました。

作詞作曲は、全て私太朗です。

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そして、

この日のもうひとりの主役は、

友人でもある、

日本共産党府会議員の、西山のぶひでさん↓

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今回、政治カフェのテーマは、

「高すぎる学費・奨学金問題」であり、

西山さんは、学生時代からこの問題に取り組んでいたと、

聞いていた。

私も、奨学金に苦しめられ続けている当事者なので、

話を交えたかったのだ。



西山さんの話を聞いて、
根本から認識が変わったのは、学ぶことは権利であること。
基本的人権であること。

これは重要なことだ。

私は、必要なのは給付型奨学金を始めとした、救済措置であると思っていた。

だが、それ以前にある「ひとしく教育を受ける権利」をすっかり忘れていた。

権利を忘れ、
対策だけで頭がいっぱいなんて、
小泉内閣を筆頭とする、
歴代政権の冷徹な政治にすっかり頭が毒されている証拠だ。

救済措置以前に、
「高等教育(高校・大学)無償化」の大目標を掲げないと、
何処にもたどり着けないのだ。
(ちなみに「高等教育」が高校・大学を指すことも西山さんの話で初めて知った)

 

私は、私の抱えている問題しかわからないが、

西山さんの元には、
学費・奨学金問題の様々な事例が集まってくる。

やはり、取り組んでいる年季がちがう。

知らないことが、たくさんあった。
何より、

学費・奨学金問題は私の世代(ロスト・ジェネレーション)だけでは括れず、
「ロスジェネ以降」と捕えられると思った。

少しずつ、改善されてる状況もあるらしい。

西山さんが運動をスタートした学生時代は、
学費・奨学金が、問題として取り上げられること自体が無かったらしい。
就職難が想定されておらず、
「貸りたものは、返して当たり前」という感覚で、
奨学金が人の人生を追い込むものと、知られてなかったのだ。

 

最近は、
与党も少なくとも、問題にしないわけにはいかず、
そういう動きを生み出しているのは、
やはりひとりひとりの、
「このように苦しんでいる」という現実の声。
そういった声が、
どんどん西山さんに、集まれば良いと思うし、

日本共産党が、
以前からこの問題に取り組んでいるというのも、納得した。
「学費・奨学金問題」に様々な種があることは、間違いないようだし、
(保守好みの言い方だと、国力が落ちるということ)
西山さんにもある確証が出来たのでは?と思った。

そして、小泉内閣には、
もう一度きっちりとした批評が必要だということも、確認できた。

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それにしても、この政治カフェは面白い。

 

はじめて顔を合わせた、

ドイツ在住を経験した方から、
ドイツは、
人や教育へのお金のかけ方が、
日本とは全然違うということを聞いたり、

 

定年退職された先輩世代の参加者から見た、
中年世代や若者についての話を聞いたり、

自身の観点の死角に気づかされるのが、何とも刺激的。

 

私の歌の歌詞にも質問があり、
新曲の「♪ロスト・ジェネレーションのうた」↓
https://www.youtube.com/watch?v=ZFIn1ZgyYEA
の冒頭の詞、

ロスト・ジェネレーション 心開けよ   ロスト・ジェネレーション 正直になれ
ロスト・ジェネレーション 団結はせずに ロスト・ジェネレーション 世界に語れ

この中の、

「団結はせずに」

というフレーズが話題になる。

この政治カフェのゲームメーカー的存在の、

日本共産党市会議員、
やまね智史さんの批評によると、

 

「組織にしばられることを良しとしない世代の声を代弁しながら、それでも一緒に声をあげようと呼びかけているように思えた」ということ。

 

なるほど、
私はそういうことを重要視しているのかも、知れない。
(政党に所属するかどうかという問題ではない)

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私は、

これからの政治を動かすのは、
より個々となった声の集積だと思うし、

「こんな悲劇がある」という風に100人の声が、
約分されて、
単調なキャッチフレーズに収まってしまったら意味がないと思う。
そんな具合にして、

次世代の若者の姿を想像すると、
SEALDs以降のムーブメントも見えてくる気がする。

より個であり、
より分業的で、
よりまとまり、
より観念から離れ、
より生活実感的なムーブメント。

 

 

私的には、ふしみ政治カフェは、
政治カフェというより、哲学カフェだ。

議論があるわけではないが、
個々の哲学を深めることができると思う。
(教育者の参加もあった)

少人数だったが、
大盛況が良いというわけでもなく、

カフェは、話し合いという名の港であり、
日常生活が航海だという感覚があった。

 

(日常生活運び出す、政治意識がいかに重要なことか!)

 

交流の中で、
難解な言葉は一切出てこないのに、
本当に大切なものは何かを見極める洞察力、
友情を深めるための忍耐力が磨かれる。

地に足を着けて生き、
それぞれの場所から、
それぞれのやり方で、
政治的な課題に取り組むインスピレーションが得られるし、
終わったときには心地良い興奮があった。

 

そんな良い会は、滅多にないし、
また毎回成功しなくともかまわない。
にしても次回、
秋の開催が今から楽しみなのだ。

 

ふしみ政治カフェ、
喫茶うずらの珈琲とカレーライスの力、
やまね智史さんの人間力が本当、大きいと思う。

あ、それと私の歌もね。
(写真も数点、やまね智史さんより拝借しました♪)