たろうの音楽日記

日々の音楽活動に関する覚え書きです。

11月21日 ~僕にとっての「Glory to the 香港」~

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1976年生まれなので、
中学生のときに起こった天安門事件は、
ちょっとした、心的外傷になっている。

疑うことを知らない年齢だったから、
天安門広場に学生たちが建てた、
洗練されている造形とは言えない「民主の女神像」も、
永遠にそこに在り続けるものだと、
思っていた。
だから、
像が倒れされたときはショックだった。
広場に集まっていた、
学生たちはどうなったのだろう?
久米宏がキャスターを務めていた、
ニュースステーションを見ても、
像が倒れた下の状況が、
わかる映像は、流れていなかったと思う。

何となく伝わったのは、
人民解放軍は兵器を使用したこと、
学生たちを始め、
多くの人たちが虐殺されたこと。

鄧小平と中国共産党指導部は、
してはならないことを、したこと。

成人してから、
少しでも事件の様子が知りたくて、
三条河原町にあった、
メディアショップという、
レンタルビデオ店の中古販売コーナーで、
まんま「天安門」というタイトルの、
ドキュメンタリー映画の、二巻組ビデオテープを購入したが、
この映画の中にも、
天安門広場のあの時を、
はっきりと捕えた映像は存在せず、
映画の中に出てくる、
柴玲や王丹の、
その後を考えると、
暗い気持ちになり、
それ異常、追いかける気もしなくなった。



香港だが、

「小林サッカー」というコメディー映画が好きだった。
映画が公開されたのは、返還後の2001年。
何せ、飛行機が嫌いなので、
海の向こうのことは、
人から聞くか、映画でも観て想像するしかない。
「小林サッカー」は、かなり好きな映画だった。
コメディーが好きということも、もちろんだし、
何と言うか、
太った男が空を飛ぶ場面があったり、
そーゆー、
自分の内にもあるバカな感覚を、
映画を通じて、共有することができた。
どんな近くの海外も、
自分にとっては、
まだ見ぬ黄金の国を夢見るように、
遠かったのだが、
「小林サッカー」を見終わった瞬間、
香港の空気を、胸に吸い込んだ気がしたものだ。

だから、
今の香港の状態が信じられない。
「小林サッカー」の呑気なコメディー感覚を持った、
あの香港が。



周庭さんが、
発信している情報を見るのが、辛く怖い。
何となく見覚えがあるような、
コンクリートの道路の上を、
黒いマスクをした、学生や市民たちが、
香港警察が解禁した殺人兵器より逃げ惑う。
映像で見ると、
その足取りは、生命力に溢れているようだが、
心の内はどれほどの恐怖とパニックだろう。
「逃げろ、逃げてくれ」
としか、考えることができない。
「小林サッカー」が好きでも、
今の香港に在り得たかもしれない自分を、
想像することができない。
唖然と映像を見ているばかりだった。

だから、
真由美さんから送られてきた、
「Glory to the 香港」の歌詞を見て、
考え込んでしまった。

なぜ涙が止まらない 何故怒りに震える
頭上げ沈黙を破り 叫べ自由を求めて
なぜ恐怖は消えない なぜ信じて諦めない
なぜ血を流しても 前に進むの
自由で輝く 香港のため
星も見えない 暗い夜に
遥か向こうから聞こえる つのぶえ
自由のために ここに集え 全力で闘おう
夜明けだ 取り戻せ香港 
みな正義のため 革命を
どうか民主と自由が永遠であれ 
香港に栄光あれ

歌詞の一部、
「なぜ血を流しても」

自分に、ここが歌えるだろうか?
血を流すとは、
どういうことだろう?と、考える。

周庭さんの発信を思い出す。
天安門事件を想像する。

血を流す…
目をやられ、皮膚が避け、肉が弾け、内臓が飛びだし、
激痛に身悶えすることか?
怖い、逃げてくれ。

「みな正義のため 革命を」
革命とは何なのかと、考える。
本当の革命家というものが存在するならば、
恐らく、
愛する人より、共に闘う同志を選ぶだろう。
自分にはそれはできない。
真っ先に家族を思う。
しかし、
香港の皆がやりたいことは、
革命なのだろうか?
自分たちを脅かすものから、
身を守ろうとしているだけでは、
ないのか?
それなら理解できるかも知れない。
自分たちが、
自分として生きる権利そのものが、
脅かされるとき、
怖くて怖くて、仕方なくとも、
闘いの場に行く時が来るのだろうか?
いややはり、
自分なら家に隠れているのではないか?
それとも、
もはや、
普通に歩いているだけで、
香港警察にわずかでも疑われると、
暴力を受ける対象になってしまう、
そのような状況なのだろうか?

自分の心は、
果して香港のあの現場に在るのか?
と、考える。
何度映像を見ても、
(逃げろ、逃げてくれ)
それしか出てこない。

歌詞を勝手に変えてやろうか?
と思う。
「血を流しても」を「傷ついても」
にする。
原曲をYouTubeで見る。
字幕は、
「何解 血在流」
「傷ついても」ではない。
誤魔化しがきかない。

自分は考えることを止めて、
恐る恐る、只歌って見る。
真由美さんの歌いまわしは、独特で、
真似るのは難しい。
このコードで、
なぜこんな風に歌えるのだろう?と思う。
それでも、なぞるように何とか歌ってみる。
最後の方、

「どうか民主と自由が永遠であれ」 

を歌うと、
正直、胸にジーンと来る。
自分の中身は空っぽだ。
歌が身体を通過する。
只のメッセンジャーなのかも知れない。
しかし、
歌ってみることは大事だ。
全く違う性格の歌だが、
宮古島にミサイルいらないよ、
と伝える、
『ニノヨイサッサイ宮古島』を、
初めて歌ったときのことを、
思い出す。



歌う以外の用意をしないまま、
11月21日、
三条河川敷での、
香港連帯スタンディングに参加する。
新聞記事にもなったし、
スピーカー(話し手)となった人達は、
香港、中国、カタルーニャ、メキシコ、台湾、
正に世界各国から、
愚かな大国指導者の意図を乗り越えて、
半ば偶然集まり、
香港を想って話した。
この日が、
いかに奇跡的な集まりだったかは、
友人たちが素晴らしい報告を書き、
広めてくれているので、
詳しくは書かない。
自分自身は集まりの最中、
この奇跡を実感することができず、
家に帰って思い出し、
こんな導きを、
南海子さん以外誰ができるか?
と改めて思い返した。

ひとりのスピーカーが、
中国共産党を糾弾しながら、
「自由と民主主義のために!」
と連呼していた。
その、
直情的なまでの、
たどたどしさから、
ひょっとしたら、
普段インターネットに、
偏った、
反中国思想を書きこんだりしてるのかも知れない、
と想像する。
何でも良い、
つながるきっかけがあるのなら、
まずは友達になりたい、と思う。
自分だってもはや、
ポップアートの素材みたいな、
習近平の顔を見ても、
笑うことができないのだ。

皆で「Glory to the 香港」を歌う。
理工大学に閉じ込められている、
学生たちのことを考える。
学生たちを救助する現場にいた(!)という、
スピーカーの男性が、
危険な救助に、
10代の中高生の姿もあったと、
泣きながら伝えていた。
何と言うことか。
もはや、そうでもしなければ仕方がない、
極限状況なのか。

極限状況では、
歌が人と人をつなげ、
かすかな勇気を、胸に灯すのかも知れない。
ひょっとしたら、
「この人となら、死んでもよい」
と、思ったりするのかも知れない。
だが、そんな考えは、
この連帯スタンディングが終わった後に、
同じく、
香港の友人より状況を聞いたという、
ひとりのスピーカーが、
たまたま隣にいた自分に伝えた、
香港警察による女性への性暴力の話により、
絶望的に打ち砕かれる。
別の考えが思い浮かぶ。
無法地帯という、
暴力を自分の中で容認できてしまう環境の中では、
またしても、自分は加害者になってしまうことも、
あるのではないか?と。

人間の中身を変えてしまうものは、
一体、何なのだろう?
香港警察は、
かつての人民解放軍のように、
暴力組織としての自分たちを解放してしまった。
習近平は、
一体どんな指令を出したのだろう?
中国から来たスピーカーは、
中国に住む人間の大部分は香港を救いたいと、
思っている。
だが、
それを言うことは許されない状況だと言っていた。
彼は、京都の三条河原なのに、
その場で黒マスクを着用した。
(中国では、顔認証システムが個人に網を張っているのだ)



とにかく、歌った。
皆と歌った。
「Glory to the 香港」
それしかなかった。
歌の導きが無ければ、
あの場にいなかったかも知れない。
歌と、自分との距離がわからないまま歌う。
どんな歌声になっていたのだろう?

家に帰ってからも、
何度も、歌う。
一回歌うごとに、
自分が少しずつ変化するのを感じる。
街で歌う必要があるな、と思う。

先に書いたように、
例え、
自分の中身は空っぽでも、
香港のことを伝える、
メッセンジャーとしての義務は、
アジアに住んでる人間として、
自分にある。
(自分たちにと考えたら、少し気が楽だ)
自分の心は香港のあの現場に在るのか?
何度も、自問自答する。
やはり、わからない。
わからないまま歌う。

その歌声がどう聞こえるのか、
自分にはわからない。

https://www.youtube.com/watch?v=D_rZ01tkUdc&t=10s