たろうの音楽日記

日々の音楽活動に関する覚え書きです。

ド不幸自伝⑧の1〈修正版〉 ~モアイとの別れ~

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【お知らせ】
前回、自伝の⑧を書いたのですが、

読者の方から、ご指摘を頂いたことで、作品として大きな弱点があることに思い当たり、やや修正させてもらいました<(_ _)>
これを⑧〈修正版〉として、2回に分けてアップしますね。(長くなったので)
修正前のも、そのまま残しておきます。
気合いを入れ直す意味で、画像もリニューアルしました。今さら。やはり読んでもらえてナンボですね(`・ω・´)そんなわけで、是非ご覧になって見て下さい。


≪前回までのあらすじ≫

:20代前半。両親の借金のため、兵器工場で、働くことになった自分は‘モアイ’像によく似た男と、知り合いになった。モアイは工場の若者を集めて、粉もの屋を開店する。自分はモアイと、頽廃的な遊戯を繰り返した果てに、消費者金融でモアイのために金を借り入れる。支払いは滞り、緊張から自分は精神を破綻し、日常生活が困難になって行く。そんな中、モアイから家に封書がひとつ届く:

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封筒には、少しのふくらみがあり、
中に何かが入っているようだった。

考えるよりも先に、封を解いた。
中には、自分名義でモアイに預けていた、
(ものすごいことを、したものだ)
消費者金融のキャッシング・カードが5枚入っていた。
封筒を逆さにし、バラバラと5枚のカードを床に落とした。
カードはまるで、鉄の固まりのようだった。
自分は実に、ぼおっとカードを見つめていた。

(モアイはもう、あの場所にいないな)

そう思うと、少しは我に返った。
他に何か入っているものは無いかと、封筒の中を漁った。
無駄なことだとわかっていながら、
カッターナイフを持ち出し、
もう開くところが無くなるまで、封筒を切り開いた。

やはり、5枚のカードがあるだけで、
メモ書き一枚、無かった。
言うまでもないことだが、
モアイは、1円のカネも返しておらず、
返済義務の残ったカードだけを、郵送してきたというわけだ。
その時だった。
何故か不意に、
モアイが今まで何度も何度も、
在日コリアンへのヘイト・トークを、自分に繰り返してきたことを、
1から10まで順々に思い出した。

言ってはならない言葉、
書いてはならない言葉を主語にあてがい、

(あいつらに、騙された)
(一度、あいつらと商売をしてみろ)
(あいつらの性や)
(事業を邪魔された)
と、モアイはこのように言い張ってきた。

ある時は工場、ある時は粉もの屋、ある時は沖縄で…。
フラッシュ・バックだった。
自分は、その言葉を何と思って、聞いていたのだろう?
…いや、
「何と思って、聞いていたのだろう?」
ではない。
告白すると、
自分はモアイとの付き合いが長くなるにつれ、
ついには、単なる遊びの気持ちで、
彼の使用する、在日コリアンへの差別用語に同調し、
確実に他者がいる場所で、使用していた。
自分は、
ヘイト・スピーチへの参加者であり、そこからの帰還者なのだ。

〈あいつら〉

何故気づかなかったのだろう?
モアイにとってみれば〈あいつら〉には、
誰を当てはめても良かったのだ。

モアイに出会う以前、自分は考えたことがある。
人は何故、差別をするのか?
劣等感から?
自身より『下』の存在を作って、
自尊心を満たすため?
それを知った為政者が民を統治するための、汚い戦略?
それらも、あるのだろう。
だが、モアイを通じて、
自分はもっと、本質的なことに気づいた。
差別は、ある種の人間が持つ、理由なき根源悪なのだ。
知らぬ間に、巻き込まれていくものなのだ。
それは、ぬぐってもぬぐっても、
決して明るくなることはない、
ひたすらな闇。
モアイの姿、言葉はその場になくとも、
床上に転がった、
5枚の灰色のカードが、
闇の存在を雄弁に物語っている。
誰もが最初から、
そのような根源悪を持っているとは、到底思えないし、
思いたくもない。
自分が、モアイによって闇の心を少しでも、開発されたのだとしたら、
その闇から抜け出すことは、
ひとりの力では到底不可能だ。
自分は、いまだに
この闇から、
自分を抜け出させ、救ってくれる光をさがしている。
光は、ひとつでも多いほうが良い。
そんな光を、持ち合わせている人間こそが、
自分にとっての、
疑うことのない希望なのだ。
そして、光の世界に到達することが出来たとき、
モアイとは一体何だったのか?という疑問が、
初めて自分にとって、どうでも良くなるのだ。

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5枚のキャッシング・カードを握りしめた、
夢遊病者のような自分は、
かつてモアイと一緒に回った、
消費者金融の店舗を、一軒一軒再訪した。
今度は、
貸出機でなく人間相手に事情を説明する。
だが、事情とは言っても、
要はひとりの成人男性が、
自分で作ったカードで、カネを借りただけだ。
金融業側にすれば、事情そのものがない。
どこの店舗に行っても、対応者は気の毒そうな表情を見せるのだが、
結局は、
「返済していただく他はない」と言う。
当たり前のことだった。

何故か、店舗のひとつで、
数百円程度の手続き上のミスが発見された。
紺色のスーツ姿で、爽やかな匂いすら漂う、
細身の男性店員が、
「金融業として、このようなミスは有り得ない。誠に、誠に申し訳ありません」
と言いながら、深々と頭を下げ、
百万円近い借金を新たに抱えた自分に、
数百円をキャッシュ・バックするのだが、
この様は、ほとんど珍事と言え、
自分はただ唖然とした顔で、店員を見つめながら、
小銭を受け取った。

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5軒全てを回ったあと、粉もの屋を見に行った。
シャッターが下ろされ、まるで廃墟のようだった。
警察に相談することも、頭に思い浮かばなかったわけではなかったが、
網の目のような人間の群れの中から、
モアイが簡単に見つかるとは思わなかったし、
興信所のようなところに相談しようにも、
それはそれで、カネが必要になるだろう。
捕まえたところで、
やはり結局は、
自分が消費者金融から、カネを借りただけのことになる。
(モアイは、最初からそれを狙っていたのだ)
ならば、モアイを殴りでもするか?
無一文のモアイを殴って、何が出てくるのか?
監視して、働かすのか?
考えているうちに、
人生の時間をそんなことに費やすことが、
虚しく思えた。
病み、ズタズタになった自分は、
モアイから奪われたカネと心をとり返す、気力も体力もなかったのだ。

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しかし、
借金の方は、実にあっけなく解決したのだった。

親族会議にかけられた自分は、
「あいつの健康状態・精神状態はもうダメだろう」
と判断され、
比較的裕福な親類・縁者数軒から、
一括で用立てをしてもらった。
返済不要ということだった。
(おそらく、将来を考えて、自己破産を避けさせたのだろう)
だが、
この『幸運』は、
却って決定的に、自分を駄目にしてしまった。
親から引き継いだ借金を返すために、望まぬ労働に従事し、
そこから解放されかけたところで、
新たに借金を重ね、
それを、自分の責任で処理することができなかった。

『自分は、どうしようもなく愚かな人間なのだ。
この世に必要とされている人間では、ないのだ。』

引き裂かれた魂に、愚者の焼印を押されたような気がした。


ここから、
不安の症状は暴走列車のように、加速し、
いよいよ自分は、究極的に追い込まれていくことになる。


つづく→

*この自伝は、事実を元にして書いていますが、あくまでフィクションです*