たろうの音楽日記

日々の音楽活動に関する覚え書きです。

2018年12月16日~辺野古新基地NO この場所から~

今日の仕事は、
早番で7時から17時。

疲れた。
仕事そのものに、疲れるわけではない。
前にも書いた気がするが、
人間関係が疲れるのだ。
何もする気が起こらない。



帰り道、
大手筋商店街に繋がる、
伏見桃山駅で降り、
ひとりで、
辺野古新基地NO この場所から」
と描いたプラカードを掲げ、

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スタンディングを頑張ってみることにする。
本当に、立っているだけ。
喋る元気も、
歌う元気もない。

17時45分、
どこまでやろうか。

ひとりでやることが、
好きなわけではない。
仕事の都合で、
どの集まりにも参加できないだけだ。

幸い、
大手筋という場所は、
「京都三区みんなの候補を考える会」や、
伏見革新懇、それに共産党などが、
頑張っているので、
プラカードでのスタンディングは、
そう奇異には見られない。



立っていると、
会えたら面白いな、
と思っていた友人に会ったりするから、
面白い。

それでも、
ひとりの時間は多い。

昨日、
辺野古を埋めているのは、
現政権ではなく、私たちの伝統だ。
と、何処かに書いた。
もっと言うと、伝統文化だろうか?
商店街のアーケードの下を、人々が動いている。
人々の動きは暮らしそのもので、
何かの目的のために、人は足を動かす。
単調な暮らしを支えている土台は、
私たちヤマトの文化だ。
会社の決まりごとの中に、学校の校則の中に、スマートフォンの娯楽の中に、
季節の中に、選挙の中に、
レストランが出す温かい食べ物の中に、文化はある。
充実感に満ちたクタクタの疲れを、仕立てあげる、
私たちの伝統文化は、私たちに何も考えさせず、
それが、知らず知らずのうちに、沖縄の海を埋めていくかのようだ。



ベビーカーに赤ちゃんを乗せた夫婦が、
私の方に近づいてきた。
お父さんの方が、私に言う。

「京都で?」

「ああ…はい」と私は答える。

「ここでNO言うてても、アカンで。誰かがやらなアカンのやから」お父さんは言う。

「う~ん」私は言葉が出てこない。

「イヤやったら、沖縄の人が本州でやってくれって言わなアカン。今度市長になったデニー…?あの人に言ってもらったらエエねん」お父さん。

「沖縄の人は、ずっ~~~~と言ってると思いますよ。それを。けど、報道してくれへんから、私たちが知らんのですわ」私は言う。

「…あなた、沖縄の人?」お父さん。
「いえ、京都の人間ですが、沖縄に友達がいるんです。もう…ずいぶんエラいことになってると聞きますわ」私。
「ええよ!オレは、自分の近くに基地ができてもエエと思っとるよ!だから、こんなトコで、NO言うんやなくて、基地を呼び込む運動とかせなアカン」お父さん。
「けど、ボクはですね。近くに基地ができたら怖いんですよ。来て欲しくないんですよ」私
「………そしたら、アアタ。NO言うたらアカンやん」お父さん。

「…そやし、まあそういう自分を晒してるんですよ」

こう言うと、
この夫婦は、即身仏を見るかのような、困った目で私を見た。
私も、困った。

「どうしたら、良いんでしょう?」何か咄嗟に良い知恵は出てこないかと、私は尋ねる。

すると、お母さんの方が、
「エエとこも見たらエエんよ。私、佐世保の出身なんやけど、友好とかセキュリティとかあったもん」
(↓こういうの?)

【隣の米軍・自衛隊】アメフェス 基地の公園、国際情勢映す 友好の舞台、警備に変化も [長崎県]|【西日本新聞】


シンサドのことを話そうとしたが、
踏切が開き、
家族は去っていった。
去り際、
お父さんの方が、

「…NO言うんは、エエんよ!」

と、大きな声で私に言った。
‘アカン’が、何故‘エエ’
に、変わったのだろうか?



プラカードの写真を撮って、
ツイッターに上げてくれた人、
(良く思ってくれたのか、悪く思ったのかはわからない)
や、
「私もそう思いますよ。御苦労さま」
と、声をかけてくれた女性もいたりした。

18時半まで立ち、
思ったよりも、寒くなり。
写真を数枚撮って、帰宅することにした。
風邪をひくわけには、いかない。
妻も大変なのだ。
せめて、皿洗いくらいしなくては。

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