たろうの音楽日記

日々の音楽活動に関する覚え書きです。

6月17日~無念の満月マルシェライブ~

こんにちは、太朗です。
相変わらず、求職中の生活苦。
それでも日々、少しずつ進んでいます。



今日は、
おなじみ滋賀の満月マルシェへ↓

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出店する妻に着いていきました。

何なら、私も歌わせてもらえそうな雰囲気。

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天気も良く、
いつも以上の人だかり。
赤ちゃんの姿も多く見かけ、
のんびりした雰囲気です。



昼下がりには、
アフリカンダンスと、
ジャンベの演奏もあり、
タイコの気持ち良い振動に、目もうつろ。
しかし、段々こんなエエ感じの中で、
オレ、ほんまに歌うかいな?
と、疑いの気持ちが湧いてくる。
なんせ今日歌いたい歌は、
怒りに満ちた歌なのだ。
(13分余りの新曲「ロスト・ジェネレーションの歌)↓

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https://www.youtube.com/watch?v=ZFIn1ZgyYEA&t=629s
怒りの満月…。

とまあ、余計なことを考えていたら出番。
アフリカンダンスの熱気が残るステージには、
ジャンベを叩いて遊んでいる子どもたちの姿もちらほら。
そこにお邪魔して、セッテイング。

先にセットリストを書いておくと、
「生活のうた」
「他人の幸せ許せない」
天皇陛下はいらない(無修正Ver.)」
ロスト・ジェネレーションのうた」
の4曲。



「どうしたことだろう?何かおかしい?」

と、歌いながら思う。
イヤ、
どうしたことだろう?
ではない。
うまく行かないときというのは、
予感がするのだ。
そしてそれは、大抵当たる。

「今日はやばいぞ?」
そんな気がしていた。

歌う。
声が出ない?伸びない?
何故だ?
ウクレレがうまく弾けない。
うっかり、左手の爪を切ってなかった。
イヤ、そんなことは関係ない(あるのか?)

友達が応援しに来てくれている。
だというのに、誰に対して歌っているのかわからない。
目線が落ち着かない。
これでは、人に何かを伝えることなどできない。

温かい雰囲気の中で、
怒りの歌を歌ったから?
いや、それは理由にならない。

行きの車で、
これからの生活について妻と喋ったのが、
楽しかったから、ハングリー精神が無くなった?

自分の歌に自分で笑ってしまう。
自意識過剰。

そもそも、とるに足らない、
シンガーソングライターだから?
いや、それも関係ないはずだ。

空回り、バランス感覚を失っている。
ああダメだ、今日は敗北だ。
誰に負けた?
自分に負けたのだ。
…ルーザー!



と、まあこんな感じでした。
敗北は、別にかまわんのです。
イケた!
と思えるライブは少ない。
成功率はせいぜい3割と行ったところか。
自分は、
負けて悔しがり這い上がるタイプなんです。

(こういうノリは、「満月マルシェ」っぽくないのかも知れないが、
満月マルシェっぽくないのを、受け入れてくれる広さが満月マルシェのスゴさなのだ…と私は勝手に思っている)

そんなワケで、
屈辱的なパフォーマンスが終了した後、
チャンピオンリーグで敗退した、
サッカー選手よろしく、
「負けた!」「悔しい!」と友人たちにこぼす私がいました。
友人たちは、やや目を白黒。
友人たちにとっても、
そんなノリはちょっと、珍しいのかも知れません。



ひととおり、ボヤいた後、
ブースでマルシェのBGMを司っている、
DJ HITOSHIにも、
「負けた!」「悔しい!」と伝えに行きました。
彼は、私を押してくれていたようなので、
無様なライブを見せたのが、余計に悔しいのです。

ところが、
DJ HITOSHIは、
「勝ち負けではない」と。
勝ち負けなどというのは、過剰なスポーツ感覚で、
どちらかが、どちらかを潰してしまう。
そこに本当のWinWinは無い。
日本人はスポーツ好きすぎる。
スポーツは元来良いものやけど、
努力や疲労が過ぎると感覚がマヒしてしまう、
Win Win!は勝ち負けの土俵ではないとこにある、
一番大切なのはバランス、
…みたいなアドバイスを、もっと良い言葉で話してくれたのだ。

勝ち負けではない、
とだけ聞くと、
使い古された言葉だが、
世界を知り、
このマルシェで確固たる目的意識を持った、
若きDJが肌で感じていることなら、話は違う。
なるほど実際、
私はチャンピオンズリーグで敗退したサッカー選手に、
自分を重ね合わせ、
過剰なスポーツ感覚に陥り、バランスを欠いていたな。

そこにWin Winが無いのだとしたら、
今度は、
闘いを挑まず、
勝ち負けにこだわらす、
ロスト・ジェネレーションのうた」
を、もう少し穏やかに歌って見てはどうだろうか?
そもそも、
ロスト・ジェネレーションのうた」
で、伝えたかったことのひとつは、
小泉純一郎の作った、
過剰な競争社会への批判ではないか。

この新しい理解によって、
今回歌いこなせなかった、自作曲を次こそ歌いこなし、
誰かに私のメッセージを伝えることが、
出来るかもしれない。
その時初めて、
私は本当のWinWinを得るのかも知れない。

そんなことを感じながら、帰路についた、
今月の満月マルシェでした。
多謝!
まだまだ、歌いますよ!