太朗の主夫日記 ~So What?~

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主夫日記10月19日 ~安倍晋三を見てきた~

家から、

そう遠くない、

京都南部のスーパー、
平和堂城陽店に、
内閣総理大臣安倍晋三がスピーチに来るというので、行ってきた。

 

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自民党の狙いは、ただ一つ、
選挙区(京都6)の、強力な前職、‘希望の党山井和則を、
完膚無きまでに、叩きつぶすためである。

簡単に、京都に来られても困るので、
カウンターというには、

大げさだが、
ご意見というか、
マンガみたいなメッセージ・プラカードを用意して↓

 

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(厳密に言うと、このプラカードの内容も、どうかと思うが)
平和堂まで、車を走らせた。

小学生の、

子どもの帰宅時間を考えると、
行くのは、無理があるのだが、
こんなときのための、
とっておきの手を使った。
なにせ、一国の宰相が近場に来るのである。

予想以上の混雑で、
ナビの案内の、倍以上の時間をかけて、
ようやくたどり着いた。
駐車場も満車で、場内に入ったものの、
停車することすらできず、

絶望的な気分になった。
すでに、
観衆は自民党街宣車の周囲を、埋め尽くしており、
その数、ざっと1,000人。
そこいらに、日の丸が羽ばたいている。

奇跡的に、一台ぶんの空きスペースを見つけた。
大急ぎで駐車し、プラカードを鞄に入れ、

街宣車の方へと、歩く。
幸い、
安倍晋三はまだ到着しておらず、
地元京都の参議院議員西田昌司と、候補者のスピーチが、
終わったところだった。

…にしても、
これほどまでに、
日の丸を振っているギャラリーが多いとは、
驚いた。
安倍晋三のスピーチに、日の丸が舞うのは、
当然のことなのだろうが、
写真で見ていたのと、
実際、この目で見るのとでは、
大違いだ。

プラカードの集団を見つけたので、
カウンターだと思い、仲間に入ろうとしたが、
よく見れば、

「おい、TBS。選挙妨害は犯罪なんだよ!」

と、いう、
ヘイト・スピーチの画像で、よく見かけるプラカードだ。
あぶない。
プラカードを高々と掲げている、オジサンに体がぶつかり、
「ドーモ、失礼」
と、言うと、
「アッ、良いんですよ」
と、にこやかな返事が返ってくる。
どこにでもいそうな、気の良いおっちゃんだ。
周りを見渡すと、
プラカードも日の丸と同じように、
全員というわけではないが、
多くの人に、行きわたっている。

 

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「安倍首相、ガンバレ!」

と、いうプラカードもある。
すべて同じデザインの、同じもの。
自分は反射的に、
かつての民主党
愚かな、震災遺物広域処理政策の時に、
用意して配布した、

「絆」

の、プラカード狂想曲を思い出した。

どうにも混雑していたので、
街宣車の裏側から、写真でも撮ろうとして、
道路を隔てた向こう側に回ったら、
ジャンバー姿の係の人(警備員ではない)
から、
「ここでの撮影はダメなんです」と、止められる。
私は、
「本物が来るの?ウソでしょ?」
と、心にもない軽口を叩いてみる。
係の人は、忙しいときだのに、
アホなやじ馬には参った、というような、
苦笑いを見せて、
街宣車向かい側のスペースに戻るよう、
案内する。

再び、群衆の中に入って見て、
子連れママや、中高生が多いのにも、驚いた。
昼下がり、
恵まれた子育て世代なら、比較的動きやすい時間だ。
対立候補の看板は福祉。
全て、計算なのだろうか?
子どもたちに、日の丸を持たせ、
和やかに、談笑する母親たちもいる。
別に、鬼のような顔をしているわけではない。

あたりでよく見かける、優しそうなママさんだ。


(*日の丸も、プラカードも、全て事前配布によるものだと、後から聞いた。
だとすると、単なる通りすがりの人が、総理大臣が来るのだからと、
芸能人の応援グッズ的に、貰った旗を無意識で振るのも、おかしなことではない。
それの方が、より恐ろしいのかもしれないが…
でも、この時点での私は、マンマと騙されている*)

「あちら側」にも、
ママの会みたいなものは、存在する。
と、いう話も聞いたことがある。
自分は、
今の時代、多くの人が、
何となく、右傾化することで、
生きることをラクに感じているのでは?
と、思っていたが、
そうではなく、
「積極的な意識で、安倍晋三の目指すような世界に同調する人々は、
今まで、潜まざるを得なかった、それが、出てきた」
と、いうことらしい。
「対立になる、だからしんどい」と、
その言葉には、
確かに、現場的な響きがあった。

 

安倍晋三が、やってきた。

 

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1000人の同調者。
いざとなったら、
ひとりでも…と、思っていたが、
どうしても、自作のプラカードを出すことができない。
自分みたいな人間も、きっと点在しているのだろうが、
確認する術もない。
1対1000のように思える。

申し訳ないが、
内閣総理大臣が、何を話していたのか、
よく覚えていない。
レポートが目的で、行ったわけでもない上、
よく知られているように、彼は明瞭な話し方ではない。
(ここは、攻撃のしどころではない。ただの口調だ)
生理的な嫌悪感は、もちろんあるし、
漏れてくる言葉を、
耳は、本能的に避けようとする。

部分部分、聴こえてくるのは、
「若者たちが、仕事ができる社会、子育てしやすい社会、生きやすい社会」
と、いった言葉。
対立候補を意識してのことだろう。
だが、
キャッチ・フレーズを繰り返すのみで、方法の説明がない。
(本当に、総理大臣の演説なのか?こんなので良いのか?)
と、思ってしまう。
それでも、
安倍晋三が何か言うたびに、
群衆は沸き、
そのたびに、特に、最前列の数百の日の丸が、
「ワーッ!」と、バンザイのように上がる。
アベノミクスの成果を、数字を出して強調。
過疎化した農村で働く、おじいちゃんの手を握って、
必ず、日本の農業をよみがえらすと誓った!
という、
『泣き』のエピソードも取り入れる。
別に、安倍晋三に限ったことではないが、
詐欺的な手口にしか、見えない。

 

安倍晋三に限ったことというのは、次にあった。

北朝鮮の脅しに屈するわけにはいかない!!!!!」

彼は拳を振り上げ、言った。
またも大量の日の丸が、
バンザイのようにブワッ!と、はためき揺れる。
コール&レスポンス。
間違いなく、
この日一番の歓声と、盛り上がりだった。
「むしろ、北朝鮮の方から…」
北朝鮮の方から、詫びを入れてこい…)
と、いうような意味のことを言うが、
聞きとれない。
耳が、言葉を避ける。
吐き気がしてくる。

自分は、
タイム・マシンに乗ったかのようだった。
白黒写真でしか、見ていなかった、
第二次大戦中の、ヤマト民族の熱狂。
それが今、目の前に実際にある。
自分も、
そのヤマトの一部であることが、恐ろしい。

有名なユングは、
ナチスの熱狂と闘争心は、古代ゲルマンの嵐と、狂騒の神『ヴォータン』という元型の復活である」
と、何やら神秘的なこと言っていたらしいが、
自分は意味もなく、そのフレーズを思い出した。

アタマを冷やして考えれば、
これと真逆の、政党のトップが来たときの、
集会に行ったときも、
人数は似たようなものだった。
だから、
前列の数百の日の丸が、
動員であるか、そうでないのかと考えるのは、
あまり意味がないことだ、とは思った。
好きなところに、人は集まるわけだから、
動員でもあるし、また動員でもないわけだ。

正直、
心底、恐ろしかった。
自分と異なる価値観を持つ集団を、
確認したから、というわけではなく、
異なる価値観の集団が、
本当にぶつかったらどうしよう?
と、想像したからだ。
憲法を変えられるのがイヤ、というより、
いじられることそのものが、イヤだ。
そんな緊張感に、
このヤマト民族というやつは、耐えられるのだろうか?

カウンターのプラカード(一応)を、
持って行った、ということは、
自分の心にも刃があるということだ。
いざとなったら、
ストッパーをかけていた、
「アベヤメロ!」
コールにも、参加する気でいた。
その時点で、すでに何かに巻き込まれている。

戦い。

刃を(象徴的な)どうしても、
出さないといけない瞬間が、
自分にギリギリ、訪れないのは、
安全な場所を、
政治によって確保されているだけの
ことだからなのだ。

連れ合いが、
旅行に行ってからというもの、
よく、沖縄のことを考える。
(自分は、マトモに行ったことがない)
よく知りもしない、
沖縄のことを考えると、
安倍晋三と、その支持者たちを見た違和感に、
投票行動で、異をとなえることが出来るのは、
贅沢なことだと感じる。
投票行動で、完全に勝利しておきながら、
基地なんぞを、押しつけられて、

(私たち、ヤマト民族が押しつけ)
その上で、
しかも、非暴力で戦わざるを得ないなどという、
極限。

いつも、
考えることなのだが、
そもそも、
世界が、こんなバカバカしい
陣取りゲームに明け暮れているのは、
男性性の持つ、暴力性なのではないか、
と思う。
ドナルド・トランプの顔を思い出す。

ヤケクソで、
男性ひとりひとりに、
聞いてまわりたいくらいだ、


「あなたは、人を殴ったことはありますか?私は─」

何をどうして良いのか、わからない。

驚いたのは、

安倍晋三のスピーチが、終わったあとだった。
司会の府会議員が、


「今から、安倍首相と(候補者)が、ハイタッチのご挨拶に当たらせて頂いております。お撮り頂いた写真・動画は、保存盤にせず、必ず、ツイッターか、フェイスブックか、インスタグラムにアップし、ハッシュタグをつけてください!」

と、隅々まで、支持を出したことだった。
CD屋でアルバイトをしていたので、わかるのだが、
これは、レコード・メーカーの発想だ。
「ハイタッチ」は握手会の後に出回った企画で、
より効率的に有名人と観客が触れ合う方法として、開発された。
確か、
エイベックス・グループあたりが、出どころだった気がするが
…よく覚えていない。企画が始まったのは、おそらく5年くらい前。
まさか、
これが、現職の総理大臣に適用されようとは。
選挙プランナーの存在は聞いてはいたが、
これほど、露骨に芸能界と繋がっていることに、驚く。
とにかく、
スタアを作りあげるためには、

「え?そんなバカなこと!」

と、思うようなことまで、徹底してやる。
実際に、効果があるのだ。
このバカバカしさを笑う者は、
自分自身を笑っている。

時計を見ると、3時15分。
子どもがいるのだ、帰ろう。
気持ちの落とし所が、全く見つからないまま、
車のダッシュボードに、
出せなかった、プラカードを置き、
平和堂を後にする。
アナウンスが聞こえてきた。

‘どうか、若い皆さまも投票に行ってくださいネ’

優しそうな、女性の声だった。

主夫日記10月1日 ~南の島で何が起こっているか~

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秋晴れの日だった。
パートナー、
‘みるまに’の個展も、今日が最終日↓

ameblo.jp


会期中(?)のイベントも落ち着き、
最終日の展示は、
のんびりしたものになりそうということなので、
家族を、
会場のイルチエロまで車で送った後、
ひとり時間をお願いした。

***************************************


観月橋から、
京阪電車に乗り、
ひと・まち交流館京都まで向かう。
講演会、

「メディアが報道しない自衛隊の先島ー南西諸島配備の実態」

に、参加するためだ。
週一回、保育園を通じて、野菜などを共同購入している
安全農産の企画チラシの束に、この講演会の案内があった。

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チラシを見た瞬間、
「これは知っておかねばならないことだ」
と、感じた。
安全農産は、いつも興味深い企画を知らせてくれるので、
本当にありがたい。

何回行っても何故か迷う、
ひと・まち交流館。
講演開始ギリギリの、
一時半に何とか到着。
息が上がっている。

講師は、
自衛官でありながら、
隊内で反戦ビラ配りなどの活動をし、
裁判沙汰までなるが、
無罪で言論の自由を勝ち取ったという、
軍事ジャーナリストの、小西誠さん。
(その他にも、平和のためのご活動は、枚挙にいとまがない…)

講演が、始まる。
小西さんの語り口は、優しい。


‘沖縄よりも、
さらに南西、
宮古島石垣島与那国島、そして奄美大島種子島も、
美しい自然が破壊され、
武装だった島に、
どんどんミサイルやレーダーが運びこまれて行く…!’

北朝鮮の弾道ミサイルが騒がれているが、
現実、戦火が起これば、
韓国のソウルなど、
真っ先に崩壊してしまう。
だから、韓国は「戦争だ」などというバカ騒ぎではなく、
「戦争」に対して、ものすごく冷静だ。
本来、日本もそうあるはずだ…’

知らないことだらけだ。

むしろ、
南西諸島の現実から、
日本と中国の間に、
‘新冷戦’が、あると小西さんは仰る。
そして、

「明日にはじまっても、おかしくはない」と。

なるほど、
それは一面の真実だと思う。
「明日にはじまっても、おかしくはない」
これは、
戦争でも天災でも当てはまることだ。
いつ、起こってもおかしくはない。
人間が、争う動物である限り、
そのために準備は、
常になされている。
それが、‘防衛’というやつだろう。
残念だが、相手があることなのだ。
ここで、思う。
何が必要なのか?と。
それは、
「原始的な、平和を願うパワー」
まず、
車を走らすための、ガソリンが不可欠だ。
平和のイメージが、
薄くなってきていないか?
まず、ここに力を結集させるのだ。

ボク個人が考えたことは、
何かというと、
とりあえずは、
女性や子どもに心配をかけたくない。
(オッサンたちは、この声に賛同してください!)
それだけ。

あまり知られていないことを、
まず、知る!
と、いうのが、
この講演会の大きなテーマのように、
感じた。
だから、
会場の空気そのものが、
まだまだ孤独なのは、
当たり前だ。
だって、ここからなのだから。
「明日の危機」に対して、
これからやっていくというのも、
おかしな話だが。
別に矛盾ではない。
なぜなら、ボクはそうやって生きているから。

そして、
孤独な講演会の中でも、
さらにボクは孤独だった。
専門色の強い、
防衛知識の質疑応答に中々、ついていけない。
ボクはまるで、閉ざされた島だ。
それが、良いのだ。
だからこそ、
「さて、どうやって伝えよう」と思うから。
孤独に、
一時の救いはあるのかもしれない。
かまわない、
それはそれで置いておけば良い。
でも、
ボクは、
「さて、どうやって伝えよう」と思うわけだから、
孤独に色をつけねばならない。

話を、しよう。
この日、
小西さんが語られたような現実が、あるのだ。
種子島奄美大島沖縄本島宮古島石垣島与那国島
カンタンに行けないところなら、
とりあえずは、伝聞でも良い。
リレイだ。
リレイで伝えていく。
こうして、書いている。
孤独に色をつけていく。
自分しか理解できないことなど、ないはずだ。
今度話そう、隣人に。
今度話そう、政治家に。
皆が、たくさんのことを知って理解すれば、
平和への道は、必ず開ける。
それぞれの、異なる力がある。
伝えるためには、ひとりではいけない。
ボクは、ひとりでは何の繋がりを築くこともできない。
今いる仲間との繋がりを、大切にする。
政党の問題ではない。
対話のしようもない相性というのは、
その人と自分自身の中にある。
それならそれで仕方ない。

今、知っている問題は何だ?
そう、
原子力発電所
秘密保護法。
安保関連法。
米軍基地。
共謀罪
軍備拡大…。

本当の平和の話を、あなたとしたいのだ。

***************************************

書きそびれたが、
講演会の連絡事項中、
誰かがおっしゃっていたのだが、
与那国島
‘日本最西端の島’という言い方は、
あまりよろしくなく、
‘東アジアとの交流の島’
が良い、
というのが印象的だった。
歴史的に、実際そうだったらしいが、
いいじゃないか!

講演会の第二部は、
自衛隊 この国営ブラック企業ー隊内からの辞めたい死にたいという悲鳴」
と、いうテーマだが、
子守をしに、帰宅せねばならない。
夕暮れというには、
まだ早い河原町通りに出て、深呼吸。

***************************************

まるで、
自宅に帰るように
イルチエロに戻る。
イルチエロの、壁や柱やガラス窓に畳。
皆、ボクに優しい。
二階のイベントスペースへと、
階段を上がると、
みるまには、すでに作品の撤収作業に取りかかっている。
子どもたち二人が、
いつも以上の勢いで、
ボクに向かって飛びこんでくる。
懐かしい。
いつも、一緒にいると鬱陶しいだろうが、
たまに旅に出て帰ってきたら、父もイイもんやろ?

***************************************

この後、とある友人の市会議員さんの、
選挙応援にと車をまた走らせた。
まあ、すでに投票日だったが…。
不在だったが、
事務所に署名だけして帰った。
翌日は吉報が届き、良かったです。
一日は、いろんなことがある。
P・Sの連続ですね。

ボクは政治に何を求めているか?

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自分は政治に何を求めているのか?
改めて、考える。

政治に求めていることは、
自分が人生の中で求めていることの、
ほんの一部だ。

それは、
女性や、未来ある子どもたちが、
恐怖に捕らわれず、
大多数の人間のために、
小者が虐げられることもなく、
のびのびと平和に生きることができる社会だ。

だから、
原発はイヤだし、
米軍基地はイヤだし
男尊女卑はイヤだし、
民族主義はイヤだ。

思いを、
政治家に伝えることが、全てではないと思う。
本当に大切なのは、
庶民の私が、
庶民に伝えること。
庶民が考えないと、政治家は動かない。
伝えるためには、
自分は、言葉をもっと大切にせねばならない。
いい加減な言葉ではいけない。

 

憲法9条を守れ」
という言葉も、考えようによっては乱暴だ。
それは、
憲法9条の悪用かもしれない。
9条があるから、
日本は平和。
9条を守るためなら、
全てを切り捨てて良いかのようだ。

9条だけで、
「平和」だったわけではないだろう?
9条と日米安保の関係について、もっと学びたい。
9条と日米地位協定の関係について、もっと学びたい。

9条は、
法ではなく、アート。
アートであることが、
9条の良い利用法なんだと、思う。
(それが実際に法なのだから、面白い)


自分は、
いつでも、
アメリカの仮想戦争を見破りたい。
ソ連
中国。
北朝鮮
次は何処?
アメリカにはどうやって伝えればよい?
英語?

米軍基地が沖縄に集中するのは、イヤだ。
なら、近所に来てくださいと、自分は言えるのか?
日本中に、自衛隊がどんどん配備されるのはイヤだ。
なら、自衛隊がなくなっても良いのか?

辺野古新基地建設に反対だ。
パートナーが、ひどい現実を見てきてくれた。
海を埋めるな。

庶民が、
考えなければ、どの政党でも同じだ。
オレが生きているうちに、世界が変わるとは思わない。
でも、やり続ける。
洗練された言葉で、
訴える。

大切なのは、
戦争がイヤだという言葉。
それを、私はしつこく綴って行くだろう。

**************************************

男たちは、戦いが好きだ。
平和のために、戦うのが好きだ。
戦うために、
女を手でふるいのける。
降りろ、降りろ、男たち。
まかせてしまえ、男たち。

主夫日記9月24日 ~ウクレレと運動会と平々凡々な私~

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9月24日(日)


京都は快晴。
皆様は、どのような日を過ごされましたか?

***************************************


イヤな予感というのは、あたるもので、
前日から、これはどうもマズイ流れだと、
思っていた。


そもそも物事は、偶然にまかすくらいが、
ウマく行く。
始まる前から、
計画を練りすぎいていて、
ああ来たらどうする、こう来たらこうするとか、
頭の中で、対処法が鮮明に見え過ぎると、
大抵は、アカン方向に行くものだ。
だから、
今やっている努力も、
ほとんどがムダになるかもしれない…。
と、腹をくくっていたのが、
23日の夜。

24日は、
区民体育祭。
自分は、
町内会の役員の体振、
つまり体育係に当たっているので、
イチオーは責任者である。
だが、そもそも、
地域の役員などというのは、
苦手の上に‘考えられない程’
と、いう言葉がつくほどで、
まして体育など、
輪をかけて、苦手だ。

基本的に考えていることは、
難しいことではなく、
「どうせやるなら、楽しく」
ただ、それだけだ。

出だしからして、良くなかった。
息子の通う、小学校のグランド。
開会式。
9月の終わりとはいえ、日差しがキツイ。
私は、
列(と、いっても少子高齢化で『我が町内』は子どもを入れても5、6人)
の、先頭でプラカードを持つ。


アナウンス「国旗掲揚、脱帽をお願いします」
せん。

アナウンス「国歌斉唱」
うたわん。

来賓のあいさつと、電報が長々と続く。
ボクの横に並んで、プラカードを持ってる、
隣の町内のとっつあんが、全くやる気がない。
何かと、ひとり言のようにボヤく。


「お偉いさんの、あいさつは長いねん…イランわ」
(オレに話しかけているのか?)


「〇議院議員〇〇〇〇さんより、祝福の~」
と、いうアナウンスが流れ、
とっつぁんは、


「なおのこと、イランわ…」と。
今度は、オレが心の中で、
「……」

運動会がはじまると共に、
近所のオバちゃんたちもやってきて、
『我が町内』のテント下も、
少々、賑わう。
それでも10数人。
まともに出られる団体競技はほとんどなく、
参加に、さほど乗り気でないオレには、
むしろ、都合が良い。

(中にはリレーとかの特訓をしている町内も、あるらしい)


ボクの今日の目標は、
運動会というよりは、
日よけの涼みでもしている時、
オバちゃんたちに、
ウクレレと歌を捧げることだ。
平凡な日常に、
ちょっとしたズレでも生じれば、面白い。

ピンク色のウクレレを持ってきているのは、
オレだけのようだ。
悪くない。
喜「花~すべての人の心に花を~」
でも歌って、
(不勉強で知らんのだが、今、喜納昭吉さん、どんな感じなんやろ)

先日、

パートナーが,、
家族で大好きなシンガー(というか歌姫)
の、呼び水で沖縄の辺野古を尋ねた話でもしようかな、
と、思っていた。
パートナーは、
‘みるまに’と、いう芸名で、
刺繍を使った表現しており、
辺野古を尋ねた後は、
ジュゴンのバッジを作っている↓

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ボクも、常日頃身につけているので、
これを手がかりにすれば、
話をするのは、充分だ。

「それ何?」
と聞かれれば、
「沖縄のジュゴンです」
と、答えることができる。

地蔵盆は、そんな感じで、
対話がウマくいっていた。
ところが、
体育祭というのは、
全員が同じ方向を向くように、
仕立てあげられてるらしく、
勇ましい、運動会用BGMが流れている中では、
ウクレレの音は、ただの、
かき消えそうな癒しの風だ。
これでは、
とっかかりも作れない。
計画倒れである。

それでも、
わずか二人のおばちゃんに、
「こないだ、連れが沖縄に行きましてネ。沖縄は美しかったけど、
 米軍基地はひどいモンらしかったんですよ」
と、ごくごくありふれた言葉で、語りかけてみる。
「はあ~~~~」と、いう感じだ。
何か、伝わっただろうか?
なんせ、もう選挙らしいからネ。

町内のオバちゃん方との付き合いは、
良い方向にも、
悪い方向にも行く。


運動会そっちのけの、
テント下会議が、
‘来年の役員を、新しく引っ越してきた人に、すぐ引き継ぐか、後にするか?’
というテーマの、少しばかりのモメごとに発展してしまったのだ。

「どーでもエエやないか」

と、言いきれるほど、
自分はアウトサイダーではなく、
二手に分かれる意見に、
傍観者でいるわけにもいかず、
泥臭い村社会に、
首を突っ込んんでいくハメになった。
(たまに、あるのだ)

「イヤ、そのネ。引越したての人に、断れへんような感じで役員押しつけるのは、
 イカンよ!まだ、あと半年あるんやし、この場で押しつけるんわ辞めようヨ!」


とか何とか言って、
何となく、Gコードをかき鳴らす。
こうなるとウクレレは、
ただの仲裁の道具だ。

結論が出ないまま、
(ワイが出ささんかったような、モンだが)
何となく場が自然と沈静化する。
ボクはヤケクソで、
加山雄三
「お嫁においで(>_<)」を、歌う。
とにかく、何でも良いから歌いたい。
ドサクサにまぎれ、
何人かは歌ってくれる。
ああ、イヤだイヤだ。
何と、煮え切らない気持ちだ。

運動会そのものより、
場を楽しくできんかったコトと、
実りある、交流ができんかったコトに、
責任を感じる。
別に、そんなエンターテイナーとかではなく、
単なるオッサンなので、仕方ないが。

 

閉会式。
横に並んでいる、
開会式のときと同じとっつぁんが、
「大体、長いな…この運動会」
と、ボヤく。
何か、このとっつぁんとは、仲良くなれそうだ。

***************************************

 

日常というのは、
一筋縄ではいかず、
話はここで終わらない。

パートナーは現在、
イルチエロという、京都伏見のパン屋さんで
個展をやっており↓
https://m.facebook.com/events/1080938405375047/

今日は滋賀から、
あのウクレレ楽隊の、

バンド、‘キペルスパピルス’を、招待した
イベントを開催している、特別な日だ。
すぐに、かけつけねばならない。
子どもたちも、向こうへ行っている。

あたり前だが、
疲れている。
会場のイルチエロに到着すると、
友人で、また私がファンでもある、
宇治がほこる、
ピースフルなアイドル・ママの
‘あゆるん’が
キぺパピをバックに歌っている。
しかも、私が作詞した歌ではないか↓

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区民運動会の後の、
不意に目の前に開けた、
あまりに素晴らしい景色は、
却って、何が何だかわからない。

聞くところによると、
キぺパピは、
私に捧ぐ選曲と称し、
バンドのセットリストの中から、

「平々凡々な世の中」


と、いう曲を演奏してくれたらしい。
ありがたいことです。
歌詞の一部を引用する。

♪平々凡々な世の中を
驚きと喜びで満たしていく
てんでんばらばらに動き出す
それでこそ人生もいろいろ

平々凡々な世の中は
溜息と偽りで溢れかえる
そうそう簡単に変わらない
それでこそ人生は
ますます おもしろい♪

(なるほど、確かに。まるで、先程運動会に心血を注いでいた私のようだ)
と、思う。


(くだらない選挙が来るな)
とも、思う。

***************************************

 

この後、
思いがけず、
Dさん宅で、
鍋をごちそうになり、
何となく、打ち上げみたいになる。
珍しく、
酒も入り、混乱した私は、
ウクレレ片手に

♪うちの三歳のムスメ
ひとりでトイレするんを
ビビって
ドアを5センチ空けて、
はるんです♪

と、いう
目の前で起こったことを、
そのまま歌った、
わけのわからない、
そしてヒドい歌を、歌う。

煮え切らないのだ。

***************************************

帰宅し、
くたびれはて、
酔った頭で風呂に入る。

(ああ、今日一日オレは何のために生きた?)と、思う。

一個、思い出した。
そういえば、
町内会長さんと運動会準備のとき、
辺野古の話をしたな。
パートナーが、
沖縄でオスプレイを見た、
と、いう話をしたら、
深刻な顔で、
大きくうなずいてくれた。
まさか、そんな話をするなんて、
思ってもいなかった。
ちょっとでも、何かあれば良いのだ。

♪平々凡々な世の中は
溜息と偽りで溢れかえる
そうそう簡単に変わらない
それでこそ人生は
ますます おもしろい♪

なるほど…

12年前に書いた小説

腹はくくっていたつもりだが、
さすがに、針のムシロである。
誰にも頼まれてないのに、
何でこんなこと、せにゃあならんのだろう…。

29歳のとき、
短編小説を書いて、
製本と言えるほどでもない、製本をして、
友人とギャラリーを借りて、
グループ展を企画し、発表したことがあるんです。

現物を保管してくれていた、
友人が、
郵送してくれたので、
せっかくだから公開するのですが、
やっぱり、
恥ずかしいですね。
イイ歳をして、
自分が昔やっていたことを、
むやみに悪くいう方が、
むしろ、恥ずかしい気がするのですが、
これはさすがに。

まず、当時流行っていた
村〇春樹丸出しなんが、恥ずかしい。
(今でも流行っているのか?)
29歳病ですね、完全に。
今は立派に41歳病ですが。

当時、それなりに、
20代というものを、
締めくくろうとしていた意欲は感じます。
題材は、恋愛で、
20代の終着点に、そういうテーマを持ってきたのは、
政治や社会に、余りにも無知で、
真剣に向き合っているものを選ぶとすると、
恋愛に行きつくしかなかったようです。

結局は失恋なのですが、
12年も前から、
失恋の話をするのが好きだった、ということにも、
驚きました。
当時の失恋を語ったというより、
この後も続く、失恋の予言をしていたみたいですね。
事前に、失恋を作り上げている心境というか。
多分、
自分は投げ出すことに、
拘っていたのでしょうね。
「自分から、全て持っていってくれ」
と、いう身を捨てる心境です。
当時も今も、
男性原理の社会は、
征服という名のゲームと、
パイの奪い合い。
密着しすぎる人間関係に、
スキ間でも開けたかったのでしょう。

でも、失恋というのは、
マジメであるほど辛いものです。
(当たり前ですが…)

とにもかくにも、
当時の自分を考えたら、
今は家族もあり、
平穏な毎日を過ごしていることに、
感謝です。

↓下に公開です。
冊子を写真に撮って、
そのままアップしたので、
読みにくいですが…。

読んで欲しいような、
読んで欲しくないような。
でも、ヒマがあったら、
チラッと見てください。

 

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不倫?

「不倫」と、いう単語はどうにかならないだろうか?
「倫」を「不(打ち消す)」
文字のまま解釈すると、
人の道から、外れているということになる。
だが、この単語を使って言われる現象は、
愛の矛盾であり、不倫ではない。

「不倫は文化だ」と、言った人がいたが、
彼はおそらく「不倫」という単語の持つ、
不正確さを、
何とか是正しようとしたのではないだろうか?
自分が思うように、
「不倫」→「愛の矛盾」ならば、
それは、単に、
人ひとりひとりが抱えたドラマなので、
「文化」という言葉で是正するのも、
これまた無理があり、
彼が本来伝えたかったニュアンスから、
かけ離れてしまい、
あげくヒンシュクを買ってしまったのでは?
と想像する。

そもそも、
人ひとりひとりが抱えたドラマを、
覗き見するというのは、
ただの悪趣味だ。

国会議員が、
愛の問題を世間から盗み見されることで、
失職に繋がるという事実が、
未だに現実とは思えないのだが、
自分も、普通にネットとか見ているので、
そういう情報は入ってくる。

自分が好感を持っていない国会議員が、
「不倫」で失職すると、ざまあみろと思い、
(滅多にないことだが)
自分が好感を持っている国会議員だと、
「可哀そうだ」と、思う。
贔屓や趣味や支持政党の問題というわけではなく、
女男の問題だ。

自分は、
男性だからかもしれないが、
女性の「不倫」には、魂の救済みたいなものを感じるのだが、
男性の「不倫」には、性愛か、性欲を感じとる。
(たったの2パターンで、申し訳ない。反射的に感じるのは、というコト)
男性の場合は難しく考えず、
まんま「不倫」と、言っておけば良いのかもしれない。

いつも思うのは、
女性への、異常な風当たりだ。
一切遊ぶことなく、結婚し、
結婚したら、亭主につくし、
他の男になびくことなどあるはずもなく、
子育て、
良くとも仕事に専念する。
男性が、
元々、存在していない、
菩薩だの聖母マリアだの
ママ偶像を勝手に作りだし、
何とか、
それをキープしようとやっきになっている。
それなのに、
日常的なセクシャル・ハラスメントは、
全く裁かれない。
今回の、
国会議員への私生活の覗き見が、
男性全般の、
マザー・コンプレックス的な
不気味な監視を表しているようで、
この現象自体が、
女性の心と行動を縛りつける
暴力のような気がする。

愛の問題のそれ自体が、何が悪いのだ。

そうは言っても、
愛とは、捕えどころの無い感情で、
自分は、
女性におもむくままの心にさからわないことを、
ススめることができるほど、
人間ができてはいない。
自分は、おそらく人並み程度には、
「愛の裏切り」で傷ついた経験があり、
また同時に、
人並みか、
いや、ひょっとすると、それ以上に、
女性を傷つけ、生きてきた。
傷つけるというのは、
傷つけただけのこと。
後悔と、反省があるだけだ。
だが、
「裏切られる」というのは、
どういうことだろう?
客観的に見る術はなく、
他者と比べる術もなく、
ひょっとして、自分が
「裏切られた」と、感じていることは、
全て、一方的な思いこみなのかもしれない。
(ダメだ、うまく書けない!)

人間は、
「ヤル」こと、食べること、怠けること、
…しか考えていない、
とまで、積極的に思うことにしている。
でなければ、
他者に対する、寛容さなど持ちえないし、
自身に関しては、
内面に抱えた欲望のドロ粘土を
素手でゆっくりとかきまわし、
壺でも作って、
見つめる作業を、
通過しなければ、
「立派なこころざし」など、
持てるはずもないと思っている。

今回、
スケープ・ゴートされた国会議員に関しては、
実は、
言われているほど、
本質的な興味は持っていなかったのだが、
議員としてどうなるかとのことより、
彼女が、
大切にしていた愛の矛盾を丸ごと
奪われるのではなかろうか?
と思い、
そっちの方に心が痛む。
もし、自分が彼女に裏切られた立場の男だとしたら、
唯一、憎しみの炎を燃やす資格があるのかもしれないが。

 

(ケースバイケースだし、わかるはずもないし、考えるべきことですらない、
 ただの、アテはめた、くだらない妄想である)

 

 

Dark side of the moon  ~満月マルシェに行かなくて~

月に一度、
滋賀は野洲のキャンプ場で
満月の日に開かれる、ステキなマルシェ、
それが、満月マルシェだ。

だが、自分は、
このマルシェをちゃんと説明することができない。
なぜなら、行ったことがないからだ。

行きたくないわけでは、ない。
行きたい、マジで行きたい。
友人も皆、行っている。
出店も、遊びに行くも、
ホンマ自由な感じで、愛溢れるステキな空間らしい。
(いい加減な、説明だ)
だというのに、
毎回毎回、理由をつけてはぐずぐずと行かずにいる。

誓って言うが、
満月マルシェがキライとかいうわけではない。
その証拠に、
同じく野洲で行われている、
姉妹か兄弟っぽいイベントの
「月のはじまりマルシェ(新月)」
の方には、アッサリ行っている。
(楽しかった!)


満月。
満月とは、何だろう。
『太朗は、満月が苦手なのでは?説』
も、出ている。

言われてみれば、そんな気がする。
月の満ち欠けのリズムを体感する、
繊細な感性が、自分にはあるのではないか?

でも、
「月のリズムとか、そういうモンには左右されなさそう」
と、言われたことも、確かにあった。
(今、思いだした)
その時期は、
満月もクソもなく、
左右されないという、その自由さに、愛着を持っていた。

ところがところがだ。
最近、ホントに満月が苦手だ。
こうして「満月」と書くだけで、
体がエネルギー過剰になり、
今にも、
近所の神社の大階段を、上り下りしそうだ。
(それでは、単なる躁状態だ)


冗談はこれくらいにしておいて、
先々月くらいの満月は、
確か、ピンクムーンで、
その美しさに酔いしれてしまい、
調子に乗り、
窓を全開にして、
友人から送られてきた、
エゴ・ラッピンのライブ映像(普段聴かない)
を、何回も繰り返し見ているうちに、
別に思い出さんでもエエ、
過去の、
恋愛トラウマみたいなものを思い出し、
ひとり勝手に、ドツボにはまり、
翌日の調子を崩したものだ。
こんな荒技をしでかしては、
例え、普段冷静な人間でも、
妙な、トランス状態におちいってしまうだろう。
全く持って、言う必要もないことなので、
誰にも言ってなかったが。

どうも、あれ以来ケチがつき、
満月への苦手意識ができてしまったようだ。

原因はそれだけか?
今一度、荒い直して見る。

満月マルシェのたびに、
友人で相棒のケーキ屋さん、
under treeのゆーこちゃんが
「行かへんの?」と誘ってくれるのだが、
(今日も)
誘われている時点で、
オレは、ゆーこちゃんが誘ってくれてることそのものに、
気づいていない。
言い方が、さりげなさすぎて、
いつも家に帰ってから、
「ひょっとして、アレは誘ってくれていたのか?」
と、気づくのだ。
カンは、鈍い。
今日など
「車に乗せて、連れていってあげようか?」
と、まで言われていたというのに。
イマイチ、ピンと来ていなかった。


他にも、行かない言い訳に使っている事柄を、
もうメンドくさいので、
箇条書きにする。

・雨が少し、降っている(オレは、天気に抵抗しない)

・やや、遠い(行ける距離だが)

・いつでも、そこにある安心感ゆえ、行っていない(このブログも同様の理由で読まれていない気がする…)

・前の日から計画を立てていない(別にエエやないか)

・友達が、たくさんいそうなので興奮してしまう。
・大好きな店がたくさんありそうで、帰りが惜しくなりそう。
 (この2つは幸せに耐えきれないというコトか?)

・にぎやかそうだ(だから、エエやないか)

・オレが行くと満月マルシェの評判を下げるのでは?(意味がわからない)

気になるのは、
満月マルシェがついに本になったということ!
(画像はネットからの拾いもの)↓

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ものすごく内容が気になるのだが、
なんせ、まず
行かんことには、
話にならん。
売り切れたらどうしよう…

何でも、
オレがあまりにも行かないので、
滋賀の友人たちが、
『満月マルシェレポート』
ではなく、
『満月マルシェ行ってないレポート』
でも、書いたらどうや?
と、笑っていたそうだ。
行ってないレポートと言われても、
マルシェの間、
オレが何をしてたかと問われたら、
文章書きがうまくいかず、
家のパソコンで、
今まで聴いたこともない、
昔の、いや現役バリバリの、
バンド「外道」のライブ映像を見ていただけだ。

まさか、
「外道」のライブ映像を見る、
なんていう展開になると、
思っていなかったが、
(カッコ良かった!)
何故か、最近、
行くべきところに私はおらず、
肝心な時には、いない、
そして、予想外のところに楽しさを発見している、
と、いう展開が続いている。
このブログの表現方法自体が、
そういう要素があるので、
イチイチ具体例は上げないが、
ホント、人生一寸先は光だ。
ド不幸と思っていたことが、
意外と、新たな展開の萌芽だったりするし、
それほどに物事は、予想外の数珠つなぎなのだ。
政治とか社会も、
なるべく、ンな風に見てみようかなと思っている。
(すると、あんま言えんコトも出てくるのだが)

連れ合いの
芸術家‘みるまに’によると…。
あ、もうすぐ個展です↓

ameblo.jp


今回はうお座の満月で、
大切な意味があるらしい。
何でも、
そぎ落とすとか、
浄化とか、
ムダをはぶく、
とかいう役割が、
うお座にはあるそうで、
(オレ、うお座
しかも、うお座は星座のドン尻だから、
他の皆のぶんの浄化も、
引き受けているとか。
そんな、壮大な役割があんのか?オレ。
どちらにしろ、
芸術家のパートナーの、
宇宙的とも言える視野を、
こんな小市民的で、
行動範囲の狭いブログで表現できるはずがない。

まあ、何か浄化されているのだと、
言われれば、そんな気もするし、
実際そうなのだろう。
今までの自分にサヨナラして、
次回こそホントに、
憧れの、満月マルシェに行ってみようかな。