太朗の主夫日記 ~So What?~

世界最強の、主夫ブログを目指します!

ド不幸自伝①

 

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昨日、100円を拾った。
金を拾ったなど、何年ぶりのことだろう。
これは、予兆だ。予兆にちがいない。
金だ。
金が、オレのもとにやってくる。

そういえば、
「不幸は、金になる」
と、
マンガ家の西原理恵子さんが言っていた。
不幸体験に対峙する、
諦めの悪さの象徴として、
ふとした時、
自分の頭の中をよぎる代表格が、
この言葉だ。

西原さんのパートナーは、
これまた有名人の、
高須クリニックの先生なのは、
周知の事実。
高須氏は、
ボクとは真逆のスタンスの、
ある種の悪名高さで、通している。
最近、自分はツイッターを再開したので
(フォローお願いします)
高須氏のを、ちょっと見て見た。
目を被いたくなるような、つぶやきの中で、


西原理恵子のファンは全て僕の大事な人です」

と、あった。
うまく言い表せないが、
結局、
こんな感じの人と自分とは、
反射神経のレベルで、似通っているような気がする。
世にも恐ろしい話である。

せっかくだから、
書いてみよう
「不幸」
なんせ、金になるらしいから。

不幸話なんていうものは、
過去のものとして、
抜け出した状態でないと、
痛々しくて、書けるものではないだろう。
自分は、
抜け出しているから、
書くのだが、
抜け出しているということは、
オチも、わかっている。
あらかじめ決まられたオチに、
向かって、
書きすすめていくんやけど、
そういうのは苦手なので、
不安だ。
明後日の方向に、行くならまだしも、
途中で飽きて終わったら、
どうしよう。
飽きんためにも、
なるべく手短に、
カンタンに書きますね。

************************************

時は、1996年。
21歳のとき。
高校を出て、
アルバイトをしながら、
京都市左京区茶山のアパートで、
1人暮らしをしていた。
正社員として働いていなかったのは、
職にあぶれた…
と、いうわけでなく、
単に、
世の中と、
うまくいっていなかっただけのコトだ。

バイト先の同僚が、

「今の日本、どこかで適当な職についたら、別に食いっぱぐれることはない」
(だから、とりあえず、アルバイト暮らしをしていても良い)

と、言っていたのを覚えている。
自分の認識も、似たようなものだった。
バブル崩壊
と、いう言葉を聞いたのは、
高校生のとき、1993年。
不景気だとは言われてはいたが、
好景気の名残もまだ、あった。
だが、とっくに日本経済は下り坂に入っていて、
雇用システムの崩壊が、スタートしていたことは事実だった。
(後に、身を持って知ることになる)
自分は、ニブすぎて、
いろんなことに、気付いていなかった。
そもそも、
学校を、ドロップアウトしていたため、
新卒の就職状況など、
全く知らなかった。

そのように、
ノン気なアルバイト暮らしをしていたのが一転、
飛び出していた伏見の実家に、戻ることになってしまった。

自分は実家を憎悪していた。
その理由の一部は、
以前のブログで少し触れたが↓

tarouhan24.hatenablog.com

元母親(この言い方が限界)による、
幼少期からの虐待であった。
それでも、戻らざるをえなくなったのは、
元母親と父親が、喫茶店経営に失敗し、
借金を抱えた上、
父が入院することになったからだった。
(すでに、手遅れであった)
加えて、
妹(これも、元)の学費が必要であった。

更新料を支払ったばかりの、
アパートを引き払い、
実家の団地へと、引っ越した。
とにかく、金が必要だ。
気持ちを、切り替えねばならない。
アルバイト雑誌を購入して、
目についた、
一番時給の良い仕事に、迷わず応募することにした。

応募先は、
淀にある鉄工場だった。
募集広告には、
その工場ではなく、
北大阪にある派遣会社の社名が書かれている。
初めて知った、
派遣会社という存在だった。

疑問に思うのだが、
自分のイメージでは、
労働者派遣法を、
派手に規制緩和したのは、
小泉内閣
調べてみると、
小泉内閣の忌まわしい仕事の中で、
製造業も、規制緩和の対象に入っている。
ところが、
施行されたのは、
この時よりはるか後の、2004年。
1996年は、橋本内閣だ。
橋本内閣は、26種の業務を緩和の対象にしたらしい。
ここだろうと思い、調べたが、
26種の詳細のソースが、発見できない。
だが、
この辺りを境に、
アルバイト雑誌に派遣会社の名前が、
急に増え始めたのは、確か。
法の施行と記憶を照らし合わせても、
イマイチ、ぴたりと当てはまらない。
この時期から、
自分の人生は混乱していくので、
いろんなことがデタラメになって、
様々な記憶違いを、呼んでいるのかもしれない。
そもそも、
インターネットでの、大ざっぱな調査では、
お話にならないだけなのかも、しれない。

************************************

製造業の経験など全くないのに、
即、採用だった。
工場内を見学した時、
激しい音で回転する電ノコを、
ブ厚い鉄板に当てがい、
バチバチと火花を立てながら、踏ん張っている、
手持ち面姿の工員を見て、

(自分に、こんな仕事がやっていけるのだろうか?)

と、思った。
不安というより、
今後20年かけて、大切に使うはずだった、
人生のエネルギーを前借りし、
21歳にして、
自分が早くも枯渇してしまったかのような、
気分だった。

就労して見ると、
思っていた程の、恐ろしい仕事ではなかった。
工場では、
様々な鉄塊を、
大がかりなシステムで、
切断し加工し、形にする。
どれほど鋭利な刃物で切り裂いても、
切断面には、ギザギザや鉄屑が付着する。
これを、
工場内では、
「バリ」とか「カエリ」
とか、言う。
加工品は、精密機械の一部になるはずなので、
この「バリ」があると、
機械の動作に支障をきたす。
「バリ」を、
ヤスリ、研磨機、砥石などで削り、
油で洗浄して、
(こればかりは、手作業でないと不可能だった)
計器を使用した、簡単な検査を終えて、
段ボール箱に詰め込み、出荷するのが仕事だった。
さほどでもない、
肉体労働といったところだろうか。


大型の研磨機で、
鉄片のカドを削り取るとき、
ブワッと発生する粉が、
高性能の、防塵マスクを装着しようとも、
自分の健康を蝕み、
寿命を縮めているような、気がしたものだった。
派遣社員だからなのか、
夜勤は、免除されていたので、
夜、眠ることができたのは、
幸いであった。
だが、作業は単調で、
毎日毎日、時間が経つのがウンザリするほど、
遅かった。

とにかく、カネが必要だ。
自分は、信じられないくらい従順だった。
タオルで頭を叩かれても、
そよ風のように、感じた。

従順の成果だろうか。
ある日、

「君、良かったらココの社員にならないか?」

と、工場のセンター長に言われた。

「考えさせてください」

と、自分は答えた。
日本経済は、
ここから、さらに落ち込んでいくので、
派遣社員から、正社員に「昇格」する機会も、
どんどん減っていくことに、なる。
「考えさせてください」
と、答えたのは、
望まぬ仕事の、正社員になってしまって、
人生の牢獄から、
抜けなくなってしまう、
と、いう恐怖もあったが、
とりあえず、
派遣社員として、在籍している方が、
手取りが良い。
そのことの方が、大きかった。
時給1300円は、当時として破格だった。

大体、
社員になるも何も、
自分が、
この工場で何を作っているのかさえ、
知らなかった。
ある日、
隣で作業をしていた社員に、
加工中の鉄片を見せ、

「これはなにになるんですか?」

と、不意に尋ねた。

「それは、オマエ…ミサイルやぞ」

と、社員は答えた。
彼が、冗談を言っているのかと思い、
自分は、愛想笑いで返した。
社員が、呆れた様な無表情で、
自分の顔を見るので、
「ミサイルなんですか?」
と、思わず聞き返した。
「ミサイルや」
彼は、繰り返した。
そんなことを言われても、
実感が湧かない。
自分は、握りしめていたハンカチを、
ポトリと落としたような、気分だった。

「昔は砲弾作ってたんやぞ。こんな(丸い)砲弾。
 ところが、淀が平和の街になってから、砲弾作れんようになった。
 ほんで今は、ミサイルやねん」

自分は、彼が何を言っているのか、よくわからなかった。
少し、パニックになっていたのだろうか、

「もし、原子爆弾を作る仕事だったら、どうします?」

と、自分は言った。
何のために、
こんな、とんでもないことを、
口にしているのだろう?
と、思ったが、
口元から、だらしなく言葉が漏れた。

「そんな、人殺しの道具を作るんやったら、オレ会社辞めるわ」
と、彼は答えた。

真っ先に心配したのは、
PKOだった。
周辺事態法が成立するのはまだ先、1999年。
イラク戦争も始まってはおらず、
1992年の、宮沢内閣のときに成立した、
PKO法こそ、
自分の作る兵器が、
買い手である自衛隊によって、
現実に、海外で使用されるかもしれない、
一番の可能性のように感じた。

PKOの意味が、
国連平和維持活動」
であることだけは、知っていた。

(平和維持活動なのだから、大丈夫だろう)

自分は、
湧き上がりかけた危惧を、
一瞬で飲み込んだ。
自分は今でも、
PKOの実態はよく知らない。
今(2017年)、
多数の安保関連法が、強行され、
防衛費は拡大し、
当時と違い、
日本が集団的自衛権を受け入れてしまった、
状態となっては、
PKOから、武器使用を連想するなど、
単なる、考えすぎか、大間違いなのかもしれない。
だが実際に、
自分が、ミサイルを製造している事実からは逃れようがない。
(何処で使用されるのだ?)
と、いう恐怖は常に存在する。

作業中、
自分の持ち場の横に座っている、
パートのおばちゃん(皆、子どもの学費稼ぎのために勤務していた)
たちが、

「昨日、訓練(自衛隊)終わったらしいで。ウチから出たやつ(ミサイル)
 大丈夫やったみたいやア。良かったな」

とか、会話しているのを耳に挟んで、
「そうや。訓練!これは訓練に使われているものなんや」
そう強く思い、自分の心を納得させた。
検査中作業中の、
ミサイルの尾に当たる部品を、
清潔な白手袋で、ぐっと握りしめた。

工場は、
大手企業「コマツ」の下請けだった。
コマツは、
テレビCMで、
メジャーリーグの、
ロサンゼルス・ドジャースで大活躍していた、
野茂英雄投手の球を受ける、
マイク・ピアッツァ捕手が、
出演するCMを、流していた。
CMは、
ピアッツァ捕手の、イメージ・ビデオの様で、
コマツが、
何をしている企業なのか、
全くわからないシロモノだったから、
放映の目的が理解できなかったが
…なるほど、イメージアップのためだったのだ。
そういえば、
三菱なんて、
思いっきり軍需産業だ。
日立が「この木なんの木」
東芝が「サザエさん
の、裏で
原子力発電所を建設していることに、
気付くのは、
まだ先のことだったが。

(なんでも良い、カネが必要なのだ)

毎日、こう思っていた。
自分は、気付かぬうちに、
軍産複合体に巻き込まれていたのだ。
工場の作業着の下、
身につけていた、
愛用のジョン・レノンTシャツが、お笑い草だった。

つづく→

主夫日記11月10日 ~主夫日記らしいことを書こう~


子どものことを、書こう。
子どものことを、書こう

…と、思い続けて、
何カ月経つだろうか?
何となく、イロイロあって、
書けんかった。

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ホンマに、
ず~~~~~~~っと、
頭ん中にあって、
まるで、
借金にでも追われているような、
気分だった。

叙事的な、
子どもの成長記録として、
このブログを活用しようというのが、
主夫日記を開始した、
動機のひとつだったのだが、
(もうひとつは、どーでも良いことを書く)
ムリだった。
所詮、オレだ。
根気がない。

大体、
子どもが生まれたときから、
子の成長の痕跡を、
漏らすことなく、
書きとめておきたい、
と、いう願望はあるにはあって、
当時なんかは、
ノートに日記をつけていたのだが、
半年坊主くらいで終わり、
中断後、
また別の新しいノートに、
気まぐれに再開し、
書き始め、
半年坊主で終わり、
今度はSNS投稿に記録し、
何となく書かなくなり、
そして、
このブログへと至っている。

自分でも覚えていないところに、
断片的な記録を残し、
しかも、
それを読み返すことが、
全くないと来ているから、
一体何をやっているんだろう?
と、思う。
結局、
子どもというのは、
ほとんど、こちらが知らぬ内に、
何となく、
成長している気がする。

前回、
子どものことを書いたのは、
夏休み明けで↓

tarouhan24.hatenablog.com休み中の出来事を、
ダイジェスト方式で、
いっぺんに書いている。
この時点ですでに、
成長記録としてのブログは、
破綻しかかっている…。

まあ、もう良いのだ。
そんとき、そんときに、
思いついたこと、
感じたことを書けば、それで良いのだ。

************************************

さすがに、
心配だったのは、

「〇〇君と、△△君がダイちゃん(ムスコのアダ名)見て、
 逃げろ~って言って、遊んでくれへん。ゼツボウやあ」

と、ムスコが言ってきた時のことだった。

(イジメ?)

と、背筋が寒くなった。
そのお友達ふたりとは、
仲良く、遊んでいたはずだった。
先程貼ったリンクの回にも書いたのだが、
家の中に入って来られるのが面倒で、
来るたびに、
「外で遊べ」と言って、
追い返していたのが、
良くなかったのだろうか?
オレのせいで、
ムスコが、
いじめられているのではないのか?
心配のあまり、
自意識過剰気味に、
物事を悪い方へと、
考えてしまう。

…で、コレがどうなったのか、
すっかり忘れてしまった。
今では、
別に、このふたりの友達とも、
無事仲良く遊んでいる。
あれは、
一体何やったんやろう?
確か、
この件は、
担任の先生とも、話あった気がする、
そのときの先生の対応が、
なるほど!
と、思わされるようなものだったはずなンだが、
これも、
残念ながら、覚えていない。

それとも、
別件と、カン違いしているのだろうか?
ムスコ、
靴を池か何かに、
投げ込まれたこともあったようだ。
この件は、
担任の先生が家まで来て、説明してくれた。
さすがに、オレも

「エ~~~~~~~~~~~~~~~!」
と、思わず声が出た。

センセは、

「勢いが余ったんでしょう。やった子には、きつく叱りました」

とか、言ってた気がする。
センセの対応に対する、
自分の納得度と感心度の記憶に照らし合わせて、
コメントが、
こんな、他愛の無いものであったはずないのだが…。
うーむ。

にしても、
センセは、
我が家に来るのが好きなのではないか?
と、たまに思ってしまう。
一度、
「ムスコが工作でケガをした、不注意だった、申し訳ない」
と、言いに来たこともあったのだが、
ムスコの指には、
痕すらない。

「ケガしたのか?」
とムスコに尋ねても、

つぶらな瞳で、
「?」だ。

センセの方と、
会話しているうちに、わかった。
本題はケガの件でなく、
通知表に、
良くない評価を
つけねばならないのだが、
つけっ放しで、
渡すだけでは正確なことは、
伝わらないので、
補足しに来たということらしい。

通知票の、
「思いやり」とか「責任」とかいう所に、
低評価をつけねばならないのだが、
それは、読んで字のごとく、
思いやりや責任感が無いというわけでなく、
ムスコは、
そのマイペースさゆえに、
たまに、周囲が見えなくなることがあるから
…と、いうことらしい。
良い先生である。

自分も、
親らしく、
「それはセンセ…!」
とか言って、
会話を交わしたりする。

「しかし、センセ。それはきっとセンセが、優し言わはるからですヨ。
 怒ったったらエエんですよ」オレ


「ボクね、これでも強く怒ってる方なんですヨ!でも彼(ムスコ)はね…」センセ

「イヤ、わかりますよ。ボクも彼のマイペースさには、ホトホト弱ってますヨ。
 そこに輪かけて、たまに家に友達連れてきますからね。一年坊主連中を見るんは、
 ホンマ大変なことや、思います」オレ

「いやいや、ボクなんか。学校いるときだけの話ですから、お父さんこそ、
 ず~っと一緒で、タイヘンでしょう」センセ

何とも締まらない。

と、まあ
こんな調子で書いていては、
ムスコがまるで、
無神経に、図太く成長しているだけみたいだが、
実際の彼は、
真っすぐで優しく、かつ繊細だ。
それは家でしか、
見せていないのかな?
また機会あれば、
そんなムスコも、
書いてみよう。

でもきっと、
センセや友達しか見たことがない、
ムスコもいるんやろな。

主夫日記11月8日 ~死刑判決と、I hope peace~

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どうも、
子どもを保育園に送りだす以外、
全く家から、出ていないような気がする。

唯一の、
社会との接点は、
コンビニで購入する新聞だ。
新聞報道の正確さなど、
全く、当てにならない。
そんなモノが、
唯一、社会への窓口なのだとしたら、
自分がどんどん、
作り物の世界に生きているかのような、
ヘンな錯覚に捕らわれてしまう。

癖みたいに、
余計なことを考える。
考えては、書く。
こんなことを書くのは、
最後にしようと、
いつも思うのだが、
考えては書く、
と、いうサイクルから、
ちっとも逃れられない。
まるで、
何かに取りつかれたかのようだ。

************************************

いつも買わない、
朝日新聞を買った。
トップ記事に、
何となく、引き寄せられたのだった。
自分は、全く知らなかったのだが、
痛ましい、
連続不審死事件の、判決が出たと書いてある。

記事を読んでいるうちに、
ますます、痛ましい気持ちになった。
被告は70歳の女性で、
4人もの、
高齢男性の不審死に関わった疑いがあり、
判決は死刑だということだ。
被告と男性とは、
いずれも、
結婚、交際していたという。

弁護側は、
「犯人は被告ではない」
と、無罪を主張しているが、
被告本人が、
「私は何人も殺めた。でも、過去は消しゴムで消せないからね」
と、新聞記者との面会で、語っているらしい。
被害にあった男性や、
遺族の方の無念のコメントを、
目にすると、
とても、悲痛という言葉では言い表せない。

************************************


たまに、
孤独について考える。
現実の自分は、
家族もあり、
「平和」な世の中で、平穏な日々を過ごしている。
だが、
ひとたび、
こうした文章の中に、自分を出すと、
客観的な作為のモノサシが、
嫌でも入ってしまうから、
出した瞬間、その自分は、
虚構のようなものだ。
虚構の自分は、
孤独に耐えることができる、
フリをしている。
(このブログの、冒頭部分がそうだ)
しかし、
耐えることができる孤独など、
本当に、存在するのだろうか?

************************************

10年ちょっと前、
車の免許を、合宿で取りに行ったとき、
教官のひとりが、
(おそらく嘱託だろう)
警察での仕事を、定年まで勤めたと、
自己紹介で語っていた。

「辛い仕事をしていました」

と、彼は言った。
聞くと、
事故を起こし、
「免許を取り上げられると、明日から家族を養うことができない」
と、彼に訴える、
運送業のドライバーに、
免許取り消しの処分を下したことも、
あったらしい。
自分は、体中の血が逆流するのを感じ、
思わず、椅子から立ちあがったが、
少しの開き直りもない、
何かを直視した彼の目と、
真一文字に結ばれた唇を見て、
やりきれない気持ちで、
ヘナヘナと、腰が砕けたのを、覚えている。

自分が、
今後、経験することがあるのか、
わからないが、
仕事を完遂するというのは、
あの教官のようなことなのだろうか?

時代は、
良い方向にも、悪い方向にも変化している。
だが、
いわゆる、
‘ひとむかし前の男性’
の、中には、
『生きる』ことよりも、
『生き残る』ことを、
重要視せざるを得ない背景が、
あったのではないだろうか?
あくまで、勝手な想像だが。

形は違えど、
『生き残る』ために『生きる』
と、いう感触は自分の中にも確かに存在する。

真の孤独とは、
生き残らざるを得ない、
やるせなさだろう。
こんな、世の中でなかったら、
誰かのために、
精一杯、優しくしたかった、
という悔いが、
不意に、
ひとりの男の中に、
現れることを想像してみる。

被告女性から、男性へのメールの中には、
「私のような愚女を選んでくれてありがとう」
と、いう文もあったらしい。
女性は、被害者のことを、
「みんな、穏やかで良い人だった」
と、振り返る。
また、最初の被害者である、
長年連れ添った男性には、
「差別を受けた」
として、彼女が明快な意図を向けていたという、
記事もある。

私くらいの人生経験では、何もわからない。

一体、
自分は、何のためにこんなことを、
書いているのだろう。
人命が失われた事件を、
ほじくり返すなど、卑しいことだ…。
新聞記者の取材は、
あくまで、取材したことが書かれているだけだし、
私は、事件を今日のこの記事で知った。
出会いがしらの、又聞きだ。
正確なことなど、わかるはずもなく、
それこそ、
単なる癖で、
余計なことを、考えているだけなのかもしれない。
又は事件を、
架空の物語のように、
勝手に解釈しているだけなのかもしれない。


動機は、金銭?
金銭目的で、
そのようなことが、できるのだろうか?
ドストエフスキー
罪と罰」での、
ラスコーリニコフの犯罪動機など、
現実に比べれば、
単細胞なものだ。


彼女から、
謝罪の言葉は、
ついに聞かれなかった、と記事にある。

「私は何人も殺めた。でも、過去は消しゴムで消せないからね」
「みんな、穏やかで良い人だった」

このような、
言葉が出てくる心があれば、
ウソの謝罪を述べることなど、
簡単だろう。
なぜ、謝罪すらしないのか。
謝罪することにより、
破壊されてしまう心の内が、
(おそらくは)
この罪びとにあるのだとしたら、
それは、一体何なのだ?
わかるはずもない、
somethingだ。
なし崩し的に、裁かれる以外に方法はないのだろう。
オレは、相変わらず、
一番イヤな役を逃れ続けている。
この記事のすぐ横では、
一命で、
何人もの人間を殺めた男が、
世界のリーダーとして、
写真に収まっている。

この世が、
雑多な人間を乗せた
箱舟だと考えると、
そこから落下するものを出すことなく、
航海を続けることが、
いかに難しいかを、たまに考えさせられる。

個人的には
できることなら、
ホッとすることなく、
責任と情熱を持ち続けて、
強く生きたいものだ。

こういうやるせない時に、
使う言葉なのかな。
自分などが使うと、
安っぽくなると思っていたから。

I hope peace

 ~太朗庵~ 1分で出来る、出家

何もかもが、イヤになった。
全て、選挙のせいだ。
終わっても、まだ言うぞ。
何で、こんなワケのわからん解散総選挙
付き合わされ、
ガッチャガチャになって、
ついでにこっちも、
ガッチャガチャにされて、
金、
ぎょうさん使って、
何となく、
元のさやに収まって、
内閣支持率49%ときとる。
(どんな調査をしたのか、知らんが)
おかしい、絶対おかしい。

衆院選でこれまで3回の中で、最も多い得票数により、自民を強く信任してもらった」安倍晋三

おいおいおいおい。
やらんでもエエ解散、唐突にやっといて、他が勝手にコケて、台風来て、ロクすっぽ誰も投票に行かんで、何か信任やおますねんな。
こんな状態から、一体、何をはじめる言うねんな。
ここからはじまることは、全てウソやぞ。
サギですらないぞ。
ほとんど、タチの悪いイタズラや。
コレを国家の中枢にいる、
ええ大人がやっとる。
マジか。

こんな、
ガッチャガチャに付き合って、
ひとり相撲とって、
勝手に、
ガッチャガチャになっとる、
オレもオレや。
全てが、安倍シンゾーと、オレの所為のように、
錯覚する。

ほとほと、
自分にはイヤ気がさした。

決めた、出家する。

瀬戸内寂聴さんと、一緒や。
止めるな。
誰も、止めるなよ。
オレは、世を捨てる。
こんな、独裁政権に税金ビタ一文、払えるか。
(消費税、払ってしまってるやないか!)

今日から、庵をかまえる。
この家…
いや、部屋を庵にする。
看板も、今、作った。
名付けて…

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そう、
大変、ありがたいことに、
オレには部屋がある。
心地の良い部屋なので、
どんどんどんどん、出無精になっている。
近頃など、子どもを保育園に送り迎えする以外は、
全く、家を出ないほどだ。
そして、
出ないほどに、世を拗ねる。

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↑できたての看板を、
窓の外にこうして、貼りつける。

(さすがに、ご近所さんから、アブない人間だと思われたら、
 イヤなので、家の前の通りからは、死角になるところに、
 貼りつけている。気が小さい)

これで、庵の完成だ。
完成と言ったら、完成なのだ。
すると、マジな話、
看板を設置しただけで、
家(正確には部屋が)

「私は、太朗庵です」

と、新たな役割を認識したような、気がする。
単なる、ちらかった部屋が、
本当に厭世感と情緒溢れる、趣たっぷりの、
‘庵’に、思えてくる!
ここは、都会の喧騒から離れた、
静謐なる里山の、一間だ。
(実際は、単なる住宅街だが)

何と、わずか一分で、出家してしまったでは、ないか。

************************************

そんなわけで、
俗世より、はるか離れた
‘太朗庵’
まで、遊びに来てください。

ああ、でも大人はヤだな。
子どもが良い。
大人でも、純粋な子どもの心を持った
…いや、ウソウソ!
自分のコト棚に上げて、何を言うとんねん。
そもそも、大人やなかったら、
マズイやろ。

↓入口(窓ですが)を、開けてください…

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↓靴を脱いで上がると…

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↓このパノラマ!

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まあ、本でも読んで行ってください↓

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それとも、流行りの歌でもかけようか↓

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少しなら、奏でて歌えますよ!↓

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欲は捨てた!
金はいらねえ!
ましてや、
57億円もいらん!マジで、怒!

(安倍シンゾー首相たちがね、あの(!)トランプ大統領の、ムスメさんが関わってる、‘女性起業家を支援する基金’とやらに、57億円出すそうです…。2017年11月3日のニュース!)

全ての、欲は捨てた!
今までみたいに、
コーヒーを奢ってくださいなんて、言いません…!

tarouhan24.hatenablog.com


‘太朗庵’へのお客様へは、
私が、コーヒー頑張って作って、お出しします。
(オレのは、うまいです)
太朗’sカフェとか、
コーヒー奢ってくださいとか、
変則的なワケわからんことをしてるから、
一銭にもならんのだ、
これからは、
正統派にシフト!

なので↓

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よろしく、お願い致します。
流行りのドネーション制!
解釈、間違ってないよネ!

************************************

そんなわけで、
出家した私の、
‘太朗庵’は、

平日の11時~14時まで、
主夫に優しい時間に、
営業…イヤ、
解放しております。

まあ、何だかんだ書きましたが、
‘太朗庵’
に、興味が出た方は、
フツーに、
気楽に、遊びにきてください。
まあ、
徹子の部屋』みたいなモンですかね…。
昔、みのもんたのが、
おもいっきりテレビでやってた、
『チョット聞いてよ!思いっきり生電話』
みたいなノリも、ありやと思います。
多分。

お待ちしてます。

*付記 何なら‘出張太朗庵’とかも、やろうかな…大矛盾してる気もするが。

 

子連れでの政治参加について

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2017年、
歴史に残る、馬鹿馬鹿しい発端で始まった、
衆議院選挙も、
イロイロあった。

前回のブログで、
自分なりの総括もしてみたのだが、
さらに、個人的な総括として、
「子連れでの政治参加」に纏わる、
貴重な体験をしたので、
記しておこうと思う。

選挙中ともなると、
政治や社会問題に関する、
様々な勉強会、演説会、集会がある。
とある集まりに、
聴衆として参加したときのことだ。
一緒に連れていった、
ふたりの子どもが、会場内で予想外に騒ぎ、
遊び、
多くの方から、お叱りを受けてしまった。

集会には、
積極的に参加したわけではない。
主催の方から、


「参加人数が少ないから、是非、子どもと一緒に来てくれないか」

と、誘われたのだった。


その日は、雨だった。
子ども連れで参加することは、
むしろ困難だった。
しかし、
私は、子どもの声が会場に響くことは、
賑やかしになると考え、
少々の無理をして、参加したのだった。

「賑やかしになる」
と、いう考えを、
奇異に思われる方も、
いらっしゃるかもしれないので、
補足をすると…。

まず、
主催者は、
よく知っている男性で、
別の会では、
彼の紹介で、私が登壇させてもらったこともある。
登壇し、話す立場であったときは、
子どもを連れていることが、
むしろ、
温かいムードを演出する、
アクセントに、なっていた。
(単なる主夫が登壇するということも、ウリだった)
スピーチする、私のまわりを、
子どもが走り回り、
まとわりつき、時には邪魔をする。
本や、おもちゃを持たす必要もなかった。
周りの方は、優しく対応してくださり、
子どもたちには、飴をくれたりした。
だが、
動き回る子どもたちにを、
放置して良いわけでも
ない。
所々で、
私は、
「お騒がせして、すみません」
と、お詫びの言葉をかける。
「良いんだよ」
と、言ってくださり、
嬉しく思ったものだった。

今までが、
こんな調子だから、
私も主催者も、タカをくくっていた。
子ども連れで、集会に参加することに、
手応えを、感じていた。
何となく(これがいけない)うまくいっている。
子どもたちと、聴衆の大人たちが、空間を共有できている。
形になっている。


油断であった。

この日は、違った。
いろいろなことが、違った。

会場は、
公立小学校の体育館だった。
充分な広さはあるのに、
入場した瞬間、
何故か、妙な密室感を感じる。
見渡して見ると、
「参加人数が少ない」
と、いう主催者の言葉とは裏腹に、
用意された長椅子が、
満席になる程度に、
人は入っていた。
密室感の理由は、
それだけではない。
客層は、
ほぼすべてが年配の方で、
子どもを連れているのは、
私だけ。
皆、食い入るように集中して、
登壇者の言葉に、耳を傾けている風に見える。
もうひとつの誤算は、
この体育館は、音の反響が大きく、
子どもの声が、かなり響いた。
(築年数の問題なのか?同じ公立小学校の体育館でも、学校によって違う)
さらに悪いことに、逃げ場というか、
別スペースもない構造の、体育館だった。
(これも、学校によって異なる。広い別スペース付きの体育館もある)


「帰りたい」


私は、思った。
本やおもちゃを持たずに来たことを、
後悔した。
だが、請われて来たという自覚もあった。
もう少し、様子を見よう。
外は雨も降っている。
到着したばかりで、
子どもにも、
すぐに帰ろうとは言えない。

認識の甘さが、露呈してくる。
この日、
子どもたちは親の目から見ても、
普段以上に興奮状態で、その勢いは強すぎた。
子どもの興奮には、
理由などなく、
波を読むことなど、できない。

客席を占めている
ほぼ、年配である、
傍聴者の方。
話のひとつも聞き漏らしたくない方、
おられるだろう。
登壇者の話を聞きとるだけでも、
大変な方も、おられるだろう。
体調が、良くない方もいるかもしれない。
ひょっとしたら、外出が困難で、
この日に、
賭けて来場した方も、おられるのかもしれない。
明らかに、我が子が傍聴者にストレスと、苦しみを与えている。
(ように見える、しか見えない)
冷たい視線を、感じる。

何とか、子どもたちを、
なだめて落ち着かせようとする。
このラインからは、出てはダメ。
静かに。
だが、強引に連れてきたのだ、
あまり厳しく言うと、
子どもにも、申し訳ない気がする。
それに、親が怒鳴る声が響く
方が、
より、
傍聴者にストレスを与えるかもしれない。

スタッフの方は、

「昔は演説会なんかでは、子どもがたくさんいた。走り回ったり、ヘタをしたら、マイクを奪う子もいた(笑)気にしないで」

と、声をかけてくれたり、
子どもたちに、
ミカンを与えてなだめたりしてくださるのだが、
こちらは、気が気でない。
子どもの叫ぶ、
一声一声に、胃袋が締め付けされそうになる。
登壇者として、子どもを連れてくることと、
傍聴者として、子どもを連れてくることの違いを、
思い知らされる。

集会は、終了。
長い時間であった。
聴衆が立ちあがり、
帰路に着く中、
5、6人の年配女性が、
流れ作業のように、私に声をかけてきた。
…冒頭に、
お叱りを受けたと書いたが、
中には、
お叱りという性格を越え、
忘れられないような、言葉もあった。
言う方、言われる方、
双方が不幸だった。

私は、
返す言葉もなく、
本当に、ポロポロと涙を流し、
泣いてしまった。

******************************************

何故、いい歳をした中年男性が、
人前で涙を流し、泣くのか、
疑問に思われるかもしれない。
確かに、
自身の身の上だけに起こったことなら、
泣きはしないだろう。
この世に、
もっと大変で辛いことは、ゴマンとある。
泣くようなことではない。
「すみませんでした」
で、済むことだろう。

だが、
私の涙は私だけのものでは、なかった。
私は、
多くのママ友から、
政治に参加したくとも、
子育ての困難さから、
勉強会や演説会に行くことすら大変だ、
諦めなければならないことも、多い、
と、いう声を聞いていた。
それは、
ここに書ききれない程の、多くの声だ。

こういう所に来るのなら、
子どもは預けてきなさいと言われても、
預け先が見つからないママもいる。
預け先がない、ママもいる。
シングル・マザーの方もいる。


ママ感性は(実際にママでなくても)、
政治の世界になくてはならないものだ。
命を産んだママたちは、
政治が、
命を奪うような方向に、向かっているのだとすると、
誰よりも早く、
その危機をキャッチする。
命をかけて、命を産んだ、
困難と責任と感性がそうさせる。
ヘ理屈と言いまわしが支配する、
危なっかしい、
男性主導の政治を、変えてゆく。

現代のママや女性だけでない。
過去、
ほんの少しの過去、
選挙権すらなかった女性たちの、涙の歴史。

「子どもを産み、育ててさえいれば良い。
 女性にしか、できないから
(育てることなら、男にだってできる。
 主夫の私が、それを証明している)」
という、牢獄に閉じ込められ続けた、
女性たちの涙。

***************************************

混乱の中、
場に残った、二人の年配女性と話をした。

私は、

「話を聞くことが、大変な方もいらっしゃるやろうに、大変、ご迷惑をおかけしました。自分は、子育てママと、子どもがこういう場所に来て、政治に参加しても良いと思えるようにしたい。でも、今日はそれをするのに、用意が足りなかった」

と、お詫びと共に、
自らの在り方をたどたどしく伝えた。

「でも、場所はわきまえなアカン、預けるか何かしな、アカン。こういうところで、うるさくしたらアカンことは、あなたが子どもに、ちゃんと教えなアカン。のびのび育てるのと、これは違う。わからないまま育ってしまったら、この子たちはどうなる?」


彼女たちは、こう答えた。
私たちは、何度か言い方を変えて、
やり取りしたが、
基本的に、
この繰り返しだった。
全くの平行線であった。

「お母さんは?お母さんは?いはらへんの?」
この言葉は、辛いものがあった。
(単に、別行動をとっていただけのことだった)

ひとまず私は、
これ以上の対話をあきらめた。

この時は、
対話ができないことが、悲しく、
正直、かなり取り乱していた。
しかし、
当然のことだが、
私に注意してきた人たちは、
私の子どもに、何の責任もない。
そもそも、性格的に
子どもが好きな人もいれば、
キライな人もいる…。

(私など、むしろキライな部類ではないだろうか)

******************************************

最近、
私は子どもふたりに、
折り紙を買い与えた。
たくさん、入っていたので、
1セットで充分だと思い、
「これをふたりで分けて、遊び」
と、伝えて子どもたちから、離れた。
10分経ち、
ふたり共が、泣いている声がする。
「どうした、折り紙はたくさんあるやろ」
と、声をかけると、
「金色が一枚しかない、ボクが欲しいのに(下の子が)取ろうとする」
と、上の男の子が泣きべそをかいて、言う。
余裕があるときは、
下の子(妹)に、
優しく、自分のおもちゃや、お菓子を分け与えるお兄ちゃんだ。
だが、珍しく、
金ピカの色紙が、どうしても欲しいと言う。
それは、そうだろう。
ひとつしかないものは、奪い合う。

私は、考えた末、
金色の折り紙を、
四分の一の正方形に、
切り分け、
「小さくなったけど、これでひとり二枚ずつになった。どうや?」
と、聞いた。
ふたりは、
(まあ、仕方ない)
と、いう風に、
完全に欲求が満たされたわけでもないだろうが、
一応の納得をして、
再び、遊び始めた。 

******************************************

同じことだ。
ひとつしかないものは、奪い合う。
ひとつしかない場所では、どちらかが邪魔になる。
どちらも、悪くない。
注意した方が、悪いはずはない。
私も、悪くない。

さてここからは、
特に、
政党関係者の皆さま、
何らかの形で関わる方(私も含めて)
に、お伝えしたいと思うのだが、
子育て世代の支持者を、
定番的に獲得することは、
政党にとって大きいと思う。
キレイごと云々ではなく、
損得の問題。
(単に、トクだと思う)
支持者も、アイデアも増えて、イメージアップになる。
「あそこなら、子ども連れOKの催しが多い」
と、イメージされ、
支持を広げることは、
必ず、大きな利益となる。

やらなければならないことは、
「良いもん」
「悪もん」
に、分かれないようにするための、
態勢を整えること。
冷たい言い方だが、
良し悪しの問題で、議論を始めても、
モメ事に発展するだけの可能性が、高い。
主催する側が、
「お客さん」を呼び込む、
純粋な戦略として、
設定をしっかりと行うのだ。
さらに冷たい言い方だが、
設定する時点で、整理されたやり方さえあれば、
人情は特に必要なく、解決は後からついてくる。

例えば、演説会などでは、
簡単でも、
毎回、キッズスペースを用意する。

ゴザ、敷物。
絵本(想像力の発達や、平和教育に関するものなら、なお良いのでは)
お絵かき帳。ペンや色鉛筆。
ブロック。
ラキュー。
線路のおもちゃ。
アナログ・ゲーム。
デジタル・ゲーム。
DVDプレイヤー。
人数にもよるが、
大人の目がひとりあれば、安心。
だが、大人ひとり確保するのは、大変なことだ。
人がいないときは、
親と小さい子が過ごせる場所を、
やや離れたところに用意するなど、どうだろうか?。

子どもの参加がゼロで、
例え、空振りの日が続いても、
マメに続けることが、大事だと思う。
客が、ひとりも入っていない、
車販売店にも、
がらんとしてたキッズスペースは、
常に存在する。
窓口をいつも、開けていなければ、
営業行為にはならない。
告知物には、必ず
子どもOKの案内を載せる。
集まりの主旨や、会場スペースの関係で、
子ども不可の場合なら、
不可の案内も、必ず載せる。
(参加の可能性は、どこまでも探って欲しいものだが…)

あと、登壇者から、
子どもが、場にいることを肯定的に捉える言葉でも、
一言あれば、イメージがさらにアップする、
と、思う。
ワザとらしいようだが、
サラリと、触れてもらうと、
マメな心掛けそれ自体に、
関心するものだ。

繰り返すが、
ママ感性は、政治の世界に絶対必要だ。
ママや子育て世代が、
子どもを預けでもしない限り、
政治参加ができないということほど、大きな不利益はない。
子どもを抱っこして、
議会に入る、代議士が見たい。
(写真でしか、見たことがない)
議会が神聖な場所というなら、
子どもがいる場所こそ神聖なのだから、
両者は、全く同じものだ。

そして、
子どもの声のため、
年配者の政治参加が妨害されることなど、
あってはならない。
経験とは、勝るもののない貴重な財産なのだ。

(中には、ホンマに自分勝手な保護者や、
 イジワルなだけの、年配者もいるかもしれないが、少数だろう。
 それは、もう仕方ない。私は、そこまでにヒドイ人は、まだ見たことがないが) 

望むのは、あくまで共存だ。

******************************************

僭越ながら
男親が、
子どものことで、
集会でお叱りを受ける体験をした、
というのは、
悪くないことだと思う。
私と、似たような体験をしたママがいるとすれば、
無理に、互いの立場を検証したりせず、
悔しい気持ちのままで、良いと思う。
文中にも書いたが、
男とは、無念の歴史が違うのだ。
ひとりの涙ではない。
せめて、
歴史の中で、権利を行使し続けてきた、
男性陣が、さまざまな解決を検証し続けることが、
バランスなのだ、
と、私は感じている。

******************************************

(*政党関係者の皆さま、もしくは関わりが少々でもある方、
 この文章、資料やレジメにいかがでしょうか?
 是非、使ってください。
 文責は、私ですが、
 ここがオカしい、納得できない、治した方が良い、
 とかあれば、応じますよ!
 小○シンジロー氏などは、
 もうかなり、子連れでの政治参加について、
 研究を進めているみたいですよ!
 遅すぎるなんてことは、ありません。
 中身で勝負ですよ!*)

 なんてネ。

主夫日記10月25日 ~2017年衆議院選挙を振り返ってみる~

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ワタシが、選挙を振りかえったトコロで、
どうなるのか、と思うのだが、
書いてみる。

言うまでもなく、

今回の選挙は、
1から10まで、‘野党共闘’だった。
(自分の周辺では)

目指す方向が、
根本的に違うから、
別々の政党だというのに、
歩調を合わせる。
アタマから無理なことをやる、
というのが、
関わる人全てにとっての、
大前提という難儀な運動だった。

選挙期間中、
「踏み絵」という単語がブームになったが、
そもそも、無理なことをやるという時点で、
多くの人が最初から踏み絵を、踏んでいる。
(もしくは、自覚もなく踏んでいる)
ワタシなど、踏みまくった。

遠藤周作の、
「沈黙」を、
10代のときに愛読していた。
(最近、映画化されて話題になっていたな。どんなんやったんやろう?)
遠藤氏は、
現物の踏み絵に残された、
足の指のシミを見て、

「このシミを残した人物は、どんな気持ちだったのだろう」
と、いう思いから執筆したと語っていた。

なるほど、
「沈黙」を真に受けたというわけではないが、
自分は、間違いなく踏み絵を、踏むタイプの人間だろうと、
いう思いは、10代のときからずっと持ちづけている。
拷問などいざ知らず、
少しの恐怖や、痛みにも耐えられないのだ。

(だから自分は、「希望の党」に入るタイプだという比喩ではない。
ここでは、それは全く関係ない。根本的に自分は、10回生まれ変わっても、

政治家になれるような才能はないだろうから)

だから当然、

イヤなものだ…共闘なんて、
という苦い思いも、ないことはなく、
市民活動の中で、真剣である自分と、
煮え切らない自分が交差していた。
誰にも気づかれない程度の、
野党共闘の矛盾への)

ウサ晴らしを試みたときは、
まるで、隠れキリシタンのような気分だった。

 

***************************************


閻魔大王に、
「オマエの脳みその中に、ほんの1%も、

前原誠司と似たような破壊衝動は、なかったのか?」
と、問われて
「ありません」
と、返事したら、
速攻で、舌を抜かれそうな気がする。
あの「希望」「民進」合流騒ぎの日、
不安のあまり、

夜中ひとりパジャマ姿で、
近所を徘徊した。
町内を何回も周回した。
歩くところがなくなったので
児童公園に立ち寄って、
小用を済ませた。
(男性だから、できることだ)
用を済ませながら、感じていたのは罪の意識だった。
どこかこうなることを望んでいた自分が、いるような気がする。
だが、実際にコトが実現してしまったとき、
その本当の恐ろしさを実感する。
…気の小さい、犯罪者の心理だ。

その後も、
排除とか、再結集とか、
混乱が続くなかで、
ワタシは、
どんどん、他者にホンネが伝えづらくなっていった。
考えや感じ方が、一致しているであろう人の数は、
日を追うごとに減っていき、
最終的にはゼロになってしまったな、
という実感があった。
家族でさえもである。
無理はない、
人はひとりひとり、背景があるのに、
今の選挙制度に加えて混乱の中、
白か黒かどちらかを選ぶしかない状況。
孤独になるのは、当然だ。
次第にワタシは、誰にも物を言いたくなくなっていった。

 

***************************************


「やっと、投票日だ」
と、いう感じだった。

台風を見越して一日前に、期日前投票
(台風の日に投票日など、危険なことだ)
記入したペラペラの投票用紙は、
投票箱の口より少々大きく、なかなか中に入らなかった。
不器用にブラブラと指先を動かし、落とすのに懸命になっていると、
何か、人前で排泄行為をしているみたいな、

羞恥の感覚に捕らわれた。
(そんなに、変わった組み合わせを選択したわけでもないのに)
投票なんて、
こんな、公然の場で行っても良いものだろうか?
夜中、ひとり公園のトイレにでも投票したい。

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頑健な成人男性が夜中に、徘徊する。
全く、不審者のようなマネをしたものだ。
一軒一軒の家の明かりを見て、
「一体、この人たちの投票先がどこなのか?それとも棄権するのか?」
と、考えた。
どういう理由で、どこに投票するのか?
人生の反映だ。
同じ政党に投票したとしても、
理由は大きく異なる。
家族であろうと、言えない。
本心を打ち明けることができる相手など、この世に存在しない。


だが、思うのは、
案外、みんな(!)が、そのような孤独を抱えているのだろう、
ということだ。
逃れられない孤独を、皆が抱えていると思えば、
さほど、淋しいものではない。
孤独ではない、単にひとりなだけなのだ。
ひとりであるということに、
しっかりと向き合う。
ひとりの自分は、
政治に何を求めているのか?
真剣に考える。
(そして、それぞれのやり方で伝える)

政党の動向など、関係ない。

ひとりの自分に、
しっかりと、向き合うことができなければ、

家族を、友人を、仲間を、
さらには仲間でもない人間を尊重することなど、できないのだ。

*最後に、これは歴史に残る、バカバカしい発端の選挙だと、
覚書として書いておく。

主夫日記10月19日 ~安倍晋三を見てきた~

家から、

そう遠くない、

京都南部のスーパー、
平和堂城陽店に、
内閣総理大臣安倍晋三がスピーチに来るというので、行ってきた。

 

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自民党の狙いは、ただ一つ、
選挙区(京都6)の、強力な前職、‘希望の党山井和則を、
完膚無きまでに、叩きつぶすためである。

簡単に、京都に来られても困るので、
カウンターというには、

大げさだが、
ご意見というか、
マンガみたいなメッセージ・プラカードを用意して↓

 

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(厳密に言うと、このプラカードの内容も、どうかと思うが)
平和堂まで、車を走らせた。

小学生の、

子どもの帰宅時間を考えると、
行くのは、無理があるのだが、
こんなときのための、
とっておきの手を使った。
なにせ、一国の宰相が近場に来るのである。

予想以上の混雑で、
ナビの案内の、倍以上の時間をかけて、
ようやくたどり着いた。
駐車場も満車で、場内に入ったものの、
停車することすらできず、

絶望的な気分になった。
すでに、
観衆は自民党街宣車の周囲を、埋め尽くしており、
その数、ざっと1,000人。
そこいらに、日の丸が羽ばたいている。

奇跡的に、一台ぶんの空きスペースを見つけた。
大急ぎで駐車し、プラカードを鞄に入れ、

街宣車の方へと、歩く。
幸い、
安倍晋三はまだ到着しておらず、
地元京都の参議院議員西田昌司と、候補者のスピーチが、
終わったところだった。

…にしても、
これほどまでに、
日の丸を振っているギャラリーが多いとは、
驚いた。
安倍晋三のスピーチに、日の丸が舞うのは、
当然のことなのだろうが、
写真で見ていたのと、
実際、この目で見るのとでは、
大違いだ。

プラカードの集団を見つけたので、
カウンターだと思い、仲間に入ろうとしたが、
よく見れば、

「おい、TBS。選挙妨害は犯罪なんだよ!」

と、いう、
ヘイト・スピーチの画像で、よく見かけるプラカードだ。
あぶない。
プラカードを高々と掲げている、オジサンに体がぶつかり、
「ドーモ、失礼」
と、言うと、
「アッ、良いんですよ」
と、にこやかな返事が返ってくる。
どこにでもいそうな、気の良いおっちゃんだ。
周りを見渡すと、
プラカードも日の丸と同じように、
全員というわけではないが、
多くの人に、行きわたっている。

 

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「安倍首相、ガンバレ!」

と、いうプラカードもある。
すべて同じデザインの、同じもの。
自分は反射的に、
かつての民主党
愚かな、震災遺物広域処理政策の時に、
用意して配布した、

「絆」

の、プラカード狂想曲を思い出した。

どうにも混雑していたので、
街宣車の裏側から、写真でも撮ろうとして、
道路を隔てた向こう側に回ったら、
ジャンバー姿の係の人(警備員ではない)
から、
「ここでの撮影はダメなんです」と、止められる。
私は、
「本物が来るの?ウソでしょ?」
と、心にもない軽口を叩いてみる。
係の人は、忙しいときだのに、
アホなやじ馬には参った、というような、
苦笑いを見せて、
街宣車向かい側のスペースに戻るよう、
案内する。

再び、群衆の中に入って見て、
子連れママや、中高生が多いのにも、驚いた。
昼下がり、
恵まれた子育て世代なら、比較的動きやすい時間だ。
対立候補の看板は福祉。
全て、計算なのだろうか?
子どもたちに、日の丸を持たせ、
和やかに、談笑する母親たちもいる。
別に、鬼のような顔をしているわけではない。

あたりでよく見かける、優しそうなママさんだ。


(*日の丸も、プラカードも、全て事前配布によるものだと、後から聞いた。
だとすると、単なる通りすがりの人が、総理大臣が来るのだからと、
芸能人の応援グッズ的に、貰った旗を無意識で振るのも、おかしなことではない。
それの方が、より恐ろしいのかもしれないが…
でも、この時点での私は、マンマと騙されている*)

「あちら側」にも、
ママの会みたいなものは、存在する。
と、いう話も聞いたことがある。
自分は、
今の時代、多くの人が、
何となく、右傾化することで、
生きることをラクに感じているのでは?
と、思っていたが、
そうではなく、
「積極的な意識で、安倍晋三の目指すような世界に同調する人々は、
今まで、潜まざるを得なかった、それが、出てきた」
と、いうことらしい。
「対立になる、だからしんどい」と、
その言葉には、
確かに、現場的な響きがあった。

 

安倍晋三が、やってきた。

 

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1000人の同調者。
いざとなったら、
ひとりでも…と、思っていたが、
どうしても、自作のプラカードを出すことができない。
自分みたいな人間も、きっと点在しているのだろうが、
確認する術もない。
1対1000のように思える。

申し訳ないが、
内閣総理大臣が、何を話していたのか、
よく覚えていない。
レポートが目的で、行ったわけでもない上、
よく知られているように、彼は明瞭な話し方ではない。
(ここは、攻撃のしどころではない。ただの口調だ)
生理的な嫌悪感は、もちろんあるし、
漏れてくる言葉を、
耳は、本能的に避けようとする。

部分部分、聴こえてくるのは、
「若者たちが、仕事ができる社会、子育てしやすい社会、生きやすい社会」
と、いった言葉。
対立候補を意識してのことだろう。
だが、
キャッチ・フレーズを繰り返すのみで、方法の説明がない。
(本当に、総理大臣の演説なのか?こんなので良いのか?)
と、思ってしまう。
それでも、
安倍晋三が何か言うたびに、
群衆は沸き、
そのたびに、特に、最前列の数百の日の丸が、
「ワーッ!」と、バンザイのように上がる。
アベノミクスの成果を、数字を出して強調。
過疎化した農村で働く、おじいちゃんの手を握って、
必ず、日本の農業をよみがえらすと誓った!
という、
『泣き』のエピソードも取り入れる。
別に、安倍晋三に限ったことではないが、
詐欺的な手口にしか、見えない。

 

安倍晋三に限ったことというのは、次にあった。

北朝鮮の脅しに屈するわけにはいかない!!!!!」

彼は拳を振り上げ、言った。
またも大量の日の丸が、
バンザイのようにブワッ!と、はためき揺れる。
コール&レスポンス。
間違いなく、
この日一番の歓声と、盛り上がりだった。
「むしろ、北朝鮮の方から…」
北朝鮮の方から、詫びを入れてこい…)
と、いうような意味のことを言うが、
聞きとれない。
耳が、言葉を避ける。
吐き気がしてくる。

自分は、
タイム・マシンに乗ったかのようだった。
白黒写真でしか、見ていなかった、
第二次大戦中の、ヤマト民族の熱狂。
それが今、目の前に実際にある。
自分も、
そのヤマトの一部であることが、恐ろしい。

有名なユングは、
ナチスの熱狂と闘争心は、古代ゲルマンの嵐と、狂騒の神『ヴォータン』という元型の復活である」
と、何やら神秘的なこと言っていたらしいが、
自分は意味もなく、そのフレーズを思い出した。

アタマを冷やして考えれば、
これと真逆の、政党のトップが来たときの、
集会に行ったときも、
人数は似たようなものだった。
だから、
前列の数百の日の丸が、
動員であるか、そうでないのかと考えるのは、
あまり意味がないことだ、とは思った。
好きなところに、人は集まるわけだから、
動員でもあるし、また動員でもないわけだ。

正直、
心底、恐ろしかった。
自分と異なる価値観を持つ集団を、
確認したから、というわけではなく、
異なる価値観の集団が、
本当にぶつかったらどうしよう?
と、想像したからだ。
憲法を変えられるのがイヤ、というより、
いじられることそのものが、イヤだ。
そんな緊張感に、
このヤマト民族というやつは、耐えられるのだろうか?

カウンターのプラカード(一応)を、
持って行った、ということは、
自分の心にも刃があるということだ。
いざとなったら、
ストッパーをかけていた、
「アベヤメロ!」
コールにも、参加する気でいた。
その時点で、すでに何かに巻き込まれている。

戦い。

刃を(象徴的な)どうしても、
出さないといけない瞬間が、
自分にギリギリ、訪れないのは、
安全な場所を、
政治によって確保されているだけの
ことだからなのだ。

連れ合いが、
旅行に行ってからというもの、
よく、沖縄のことを考える。
(自分は、マトモに行ったことがない)
よく知りもしない、
沖縄のことを考えると、
安倍晋三と、その支持者たちを見た違和感に、
投票行動で、異をとなえることが出来るのは、
贅沢なことだと感じる。
投票行動で、完全に勝利しておきながら、
基地なんぞを、押しつけられて、

(私たち、ヤマト民族が押しつけ)
その上で、
しかも、非暴力で戦わざるを得ないなどという、
極限。

いつも、
考えることなのだが、
そもそも、
世界が、こんなバカバカしい
陣取りゲームに明け暮れているのは、
男性性の持つ、暴力性なのではないか、
と思う。
ドナルド・トランプの顔を思い出す。

ヤケクソで、
男性ひとりひとりに、
聞いてまわりたいくらいだ、


「あなたは、人を殴ったことはありますか?私は─」

何をどうして良いのか、わからない。

驚いたのは、

安倍晋三のスピーチが、終わったあとだった。
司会の府会議員が、


「今から、安倍首相と(候補者)が、ハイタッチのご挨拶に当たらせて頂いております。お撮り頂いた写真・動画は、保存盤にせず、必ず、ツイッターか、フェイスブックか、インスタグラムにアップし、ハッシュタグをつけてください!」

と、隅々まで、支持を出したことだった。
CD屋でアルバイトをしていたので、わかるのだが、
これは、レコード・メーカーの発想だ。
「ハイタッチ」は握手会の後に出回った企画で、
より効率的に有名人と観客が触れ合う方法として、開発された。
確か、
エイベックス・グループあたりが、出どころだった気がするが
…よく覚えていない。企画が始まったのは、おそらく5年くらい前。
まさか、
これが、現職の総理大臣に適用されようとは。
選挙プランナーの存在は聞いてはいたが、
これほど、露骨に芸能界と繋がっていることに、驚く。
とにかく、
スタアを作りあげるためには、

「え?そんなバカなこと!」

と、思うようなことまで、徹底してやる。
実際に、効果があるのだ。
このバカバカしさを笑う者は、
自分自身を笑っている。

時計を見ると、3時15分。
子どもがいるのだ、帰ろう。
気持ちの落とし所が、全く見つからないまま、
車のダッシュボードに、
出せなかった、プラカードを置き、
平和堂を後にする。
アナウンスが聞こえてきた。

‘どうか、若い皆さまも投票に行ってくださいネ’

優しそうな、女性の声だった。