太朗のSo What?

世界最強の、主夫ブログを目指します!

8月20日 ~ホンマもんの絵本作家さん家来るわ、町内会で歌うたうわ~

ミョーな、一日だった…。
もやもやするので、日記につけとこ。

今日は、
何といっても、
連れ合いがやってる、

オープンハウスイベント、
‘ちくちくスイーツの会’

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(簡単に言うと、家で裁縫や刺繍をしながら、お茶とお菓子を楽しみつつ、普段あまりしない、くらしや政治の話をポチポチやろう、なんていう会。この会については、また改めて書きたい。書けたら)に、

絵本作家の市居みかさん、

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滋賀のレジェンド・ミュージシャンで職人さんの、
みやもっちゃん、が遊びに来て、
絵本の読み聞かせ・ミニライブをしてくれるという、
スペシャルな日だ…!
と、いうのに、
オレは町内会の地蔵盆の係に当たっているという、
真綿で首を絞められるような、展開。

とりあえず、
11時から12時までは、
地蔵盆子どもの部。
事前準備のテント張りやら、
福引き商品の仕分けやらの作業を終え、
(汗だくだ)
子どもたちが来るのを、待つ。
とはいっても、
少子高齢化の煽りで、
町内で子どもは我が家を含めて、
6人。
ひとりは、中学一年生のお兄ちゃんだ。
「来たくないやろ、タイヘンやな」
と、声をかけると、
我が意を得たりという風に、大きくうなずく。
ボクはボクで、
勝敗に関係ない場面で、
ムダに全力でプレーするタイプなので、
メンタル最悪の中、
木の線路やら、ミニカーやら、絵本やら、お絵かきセットやらを
持ちこんで、子どもと対峙する(何でだ)
そして苦しまぎれに、
絵本の読みきかせをする。
何で、これからモノホンの絵本作家が来るのに、
私が、絵本の読みきかせをせにゃならんのだ。
ところが、こういうことが案外ウケたりする。
子どもたちの、似顔絵なんかも描いたりする。
持ちこんだ、おもちゃでも、
よく遊んでくれているようだ。
しかし、フツー(?)の家と家の間の路地みたいなトコの、
野外テントである。
暑い。
汗がダラダラ出てくる。
決められてたことだが、一時間で撤収。
すると「帰らない」と泣きだす子もいる。
嬉しい悲鳴ではないか。
やってみるもんである…。

一旦、家へ帰る。
全く意気が上がらない心持ちの中、
‘ちくちくスイーツの会’に、
到着するお客さんに、
いつも以上に、捨て鉢でテキトーな会話をしてしまう。
その辺は、
自分にしかわからん匙加減なんだが、
「お客さん来てるのに、これはヤバい!」
と、思い直し、
マジメに話そうとしたところで、
地蔵盆大人の部で、
家を抜けなければならない。
何となく、ウクレレを持って出る。

再び、
灼熱の、路地裏テント下会場に行くと、
姉姉さま方、が15人くらい。
でも、話しているうちにわかったのだが、
この方たちは、
姉姉さまなどという、生ぬるい言い方は好まず、
母ちゃんか、オバちゃんくらいのノリを好むそうだ。
では、遠慮なく、オバちゃん…。


ゴザの上に腰を下ろすと、
意外と、路地裏に涼しい風が吹く。
魔がさしたわけではないが、
谷村新司「昴」を、

ウクレレで弾き語りする、私。
15人のオバちゃん…たちが、
車座で私を囲む、
シュールこの上ない風景。
皆で、「昴」の大合唱。
誰もオレが、こんなことをしているのを知らないし、
こうして書かないことには、この行動は歴史の闇に葬られてしまう。
(別にかまわないが)
今頃、家では皆、何をしているのかなア。

オバちゃんたち、
今度は、子どもの部で置きっ放しにしていた、
絵本を見つけ、
オレに読み聞かせをやってくれ、
と希望する。
オバちゃんたちが、
そんなことを言ってくるのは、
特にケッタイとは思わないにしろ…
でも、だから今、モノホンの絵本作家が家に来ているというのに、
なぜ、オレが絵本の読み聞かせをしなければならないのだ
…とは思うぞ、やっぱり。
そうは言っても、
エリック・カール的な絵本を読んでみるのだ、結局。

「忘れてしまった、子ども心を思い出したでしョ?子ども向けの話の中にこそ、
大切なことが描かれてるんデス」


と、おばちゃん相手に、

ミョーに調子こく私。
やってることは、
氷川きよしか、
綾小路きみまろか、
初期「男はつらいよ」の寅さんと、変わらん。
ありがたいことに、
ウクレレのアンコールを貰ったので、
「悲しくてやりきれない」を奏でてみる。
おばちゃんたちは、
ウクレレの下手さなど、気にしないから、
却ってやりやすい。
「味わいがある」「エエ声や!」
と、褒められる。
オバちゃんは、リアルだ。
だが、
今家に、モノホンのミュージシャンがいるというのに、
何故オレは、
オバちゃんたちに、
ウクレレを弾いているのだろう…?。


自分は、防犯委員なので、
防災訓練に参加したとき、
原発事故への対応を消防署の人に尋ねたが、
返事が実にアテにならないものだった、
だから、原発なんてものは、動いてる限りは、
どうにかならないのを祈るしかない、
危険なシロモンやで~と、
訴える。
すると、
原発」の箇所がまるまる「水害」に置きかえられ、
「水害は恐ろしい」という話題で、
オバちゃんたちの間に広がっていった。
オレ今、確かに「原発」って言ったよなあ???

テントを片付け、撤収。
すると、どちらかというと、
要件以外の会話はしなかった、
町内会長さん(読んでないやろな)が、


「太朗さんほど、繊細さを秘めて、切実に心から取り組んでくれる人はいない!
本当にありがとう。こんな、心和む地蔵盆は初めてやった!」

と、まさかのカンドーの言葉。
自分は、
町内会というものを嫌悪しているフシがあり、
内輪な感動に対しては、なるべく斜めから見るようにしていて、
まあ、騙されてヒドイ目にあうのを警戒しているというのも、
あるのだが、
何より、たまたま同じ荷物を持ち上げただけで、
恋愛に発展するような、
人生の落とし穴にハマるのが恐ろしいから、
ひねくれている。
でも、それが明らかに、ホンネの言葉だったりすると、
ジ~ンと来てしまう。
懲りないのだ。
町内会を嫌悪しているというのも、
どの程度のものなのか、
自分でもよくわからない。

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景品のティッシュを持って、
家に帰ると、

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市居さんの読み聞かせが始まっている。
間に合った!
良かった。
あの、
(この先、どうなってしまうんだろう?)
と、思いながらページをめくっていた、絵本、
『ぼくだってトカゲ』だ!

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次は、みゃもっちゃんの
『時代は変わる』の弾き語り。

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深い…。全然ムダな力のない、演奏と声やのに、
泣けてくる。
それでも、まだまだやって。
こんだけ抜けているのに、
まだある先って何なんやろなあ、って思う。
次はあの、
『ろうそくいっぽん』

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もっと、
大きいイベントでも市居さんの読み聞かせは
経験したけど、
こうした小さい集まりでは、
またまた違う迫力がある。
みゃもっちゃんの
演奏と掛け合いを交えて、
「絵本の世界に入ったかのよう」
なんてよく言うけど、
本当にそんな感じ。
あらすじを追うのも忘れてしまう。
…スゴイ。

そして特筆ものは、
‘野菜と旅する’のギター弾き百姓、
たいちゃんが、

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宮沢賢治と、ジョンレノンを演ったこと。
たいちゃんのプレイは、いつもドラマだ。
いつか書いてみたい。

最後に、
私も、
ケーキ屋さん‘Under tree’
のゆうこちゃんと、
イムジン河』を演って、
終了。
逆さに振っても、
もう何も出ない、
贅沢で、
ミョーで、
シュールな一日でした。
夏の一生の思い出です。

8月13日 ~村上さんのお話を聞く~

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お会いする機会が少なくないにも関わらず、

これまで、村上さんの経験を腰を据えて聞こうとしたことが、なかった。
言い表せない程、お辛い経験だから、

聞くのを避けていた、というわけではない。
何となく、自分が、

この話を消化して人に伝える資格がないように感じていた。
しかし、勇気づけてくれたのは、村上さんの方だった。

なぜなら、現に村上さんはさまざまな場所で、多くの人に語られている。

機会を作るべく、懸命に働きかけられてる多くの方々がいる。
自分に資格があるなしの問題ではなく、

誰しもが聞き、伝えていかねばならないことなのだ。

少しの決意と共に、13日に、京都の「ひと・まち交流館」で行われた講演に顔を出した。

www.buzzfeed.com
↑ヤフーニュースでも、記事として取り上げられていたので、
未読の方がおられたら、読んでいただきたい。

 

今回の講演で、
興味深かったのは、
村上さんご自身が、文献や資料を駆使して、
満州での体験に、当時の政治背景を照らし合わせていたことだった。
それによって、国の非人道的なやり口が、
直接的に、村上さん一家を含めた、
さまざまな個人を悲惨な運命に導いたことが、
実に、はっきりと映し出されていた。

 

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歴史認識」と、いうものに悩むことがある。


本を読んでも、中々解答が出るものではない。
「歴史」というのは、誰が決めるのか?
他に適当な例が、
思い浮かばないので、
例えば、現職の総理大臣を考えてみる。
(他に、適当な例がない意外の他意はない)
彼などを見ていると、
自身のルーツやアイデンティティへの忠誠心ゆえに、
自らの視野にフィットした、
「歴史」を噂話や文献から掬い上げている。
そんな「歴史認識」が政治的立場に反映される。
(いわゆる「右」だろうが「左」だろうが)

歴史認識や、政治的立場は、
任意の人が、

自身を立脚さすために、
都合良く探す道具なのかと思うと、
自分は、人そのものにうんざりする。

考えれば、考えるほど、わけがわからなくなっていく。
歴史をどう解釈するかと、問われれば、
答えられるところは、
なるべく、ハッキリと答えようと心掛けているが、
私の歴史認識など、
現代の現状がこうだから、こうあるべきだという、

ただの仮の宿だ。いつでも。

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村上さんの、お話から、
71年前を、

満州の広大な土地と空気、
満天の星空を想像してみる。


終戦の混乱が近づく折、
11歳の少年だった村上さんは、
命じられて、飛行機の監視の任務に当たっていた。
夜空の星はあまりに綺麗で、
星なのか、飛行機なのかわからなくなっていったという。


「夜空を見上げているうちに、星なのか飛行機なのか、わからなくなっていく」

これは、まぎれもなく一人の少年の純粋な感覚だ。
決して、特別なものではない。
私たちが、この少年の、この時の、
心と視線に寄り添って、
自らを重ねあわすことは、容易だ。

そんな少年に、
肉親を喪失さすことを、
強制する背景とは、
一体何だというのだ。

村上さんは、仰る。
ヒューマニズムについて、もっと語られないと」
人間の在り方を、考えていくこと。
丁寧な言葉と、じっくりかける時間が必要だ。
ヒューマニズムを深めていくことは、
決して、面白いことではないと、思う。
まずは、他者でなく、
自分自身と静かに向き合う必要があるからだ。
聖も俗もある、人間としての自身に。
現に、
村上さんが、こうしてされているように。
『平和のために、敵と戦う』以前に必要な作業だ。
その上で、
「細い糸でも対話が必要」と、仰っていた。
国と国が対立しても、人と人なら。
あきらめては、ならないのだ。

図書館の責任者としての、
長年のご経験からのお話は、
情報戦争を勝ち抜くための読書ではなく、
古典文学など、良質の書に多く触れ、
人間の幅を広げることの、大切さをと。
どれもこれも、
平和のための建設的なメッセージだ。

今回のお話で、
衝撃だったのは、
お母様と妹の事の後、
村上さんご兄弟は、
11歳、8歳、4歳の3人で、
困難な帰路についていたことを、

今までになく鮮明に話されたことだった。
(周囲の助けは、あっただろうとはいえ)
考えれば、それ以外の状況が存在するはずもないが、
想像を絶する孤独と苦難を思い、
心の支え棒を失った気持ちにすら、なった。

しかし、心を壊すつもりで、お話を聞くのは、
この日が、最初で最後だ。
この日だけは、全て感情で聞こうと思っていた。
(ゆえに、細かい箇所の失念はあるはず。資料を読み返している)

 

「夜空を見上げているうちに、星なのか飛行機なのか、わからなくなっていく」
この感性を持つ少年に起こった、
物語、悲劇には、
まぎれもなく本物の「歴史」があるはずだし、
そこから出来上がって来る、
政治的立場や、平和のための活動は、
決して偽物にはならないはずだ。
私たちは、
村上さんのお話を、
100年、200年、1000年と伝えていかねばならない。
まだまだ、知らなければならないことは、山ほどあるのだ。


 

戦争を知らない大人の私

 

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全て、はっきりしたことは、わからない。
もはや、
尋ねることができる人間も、いないからだ。

 

祖父は戦争で、殺された。
今の私と同じくらいの年齢、40歳のとき。
(おそらく、である)
そんな、年齢の人間を徴兵しなければらならない程、
戦況は泥沼化していた。
もう、とっくにやめるべきだった。
誰がどのように、何故、始めたのか?

祖父の人柄を、想像する。

聞いたエピソードは二つだけ。
神戸の営林局に勤めていたこと。
今、着る人はいないが、
冬になると、マントを着こなすなど、
お洒落なところのある、人物だったということ。
それだけで、
戦闘などに、全く向かない人物だったのでは、
と思える、何となく。

だが、同時に確信もある。
孫の、勘だ。


南方で殺されたのだろう、
ということも聞かされている。
「だろう」と、いうのはこれも、わからないからだ。
軍から、薄い麻の服を支給されたから、

おそらく南方の戦場に放り込まれた。

レイテだが、ルソンだかわからない。
当然遺骨も、ない。

水木しげるラバウル戦記」を読むと、

南方の戦場まで兵士たちを乗せた船は、

劣悪な環境で、1室を無理矢理3室に区切ったような、

船室だったらしい。


死の予感がする、閉所。


一体、祖父はどのような死を迎えたのだろうか。
大岡昇平の「野火」によると、
兵士たちの死因の多くは、餓死だったという。
彼には4人の娘がいた。
飢えて死んだのだとしたら、
どんな辛さだったのだろう?

一方、祖母たちは

8月6日、
広島の呉にいたらしい。
これも、

子どもの頃、祖母に聞いた、
曖昧な記憶だが、
8時15分、
祖母は、
「…(広島市?)の方が、光ったのを見た」だか、
「(瓦?)…が飛んできて、屋根に当たった(もしくは、瓦が剥がれた?)」

だか、言っていた気がする。
そして、
ほとんど、消え入りそうな記憶だが、
「(道端で?)うずくまってる人が…何人…いて」
という、祖母の声と、
それを聞いていた、子どもの私の脳裏に浮かんだ、
イメージを、覚えている。
(絵本『原爆の図』のような、地獄の景色を思い浮かべた)
わからない、
祖母は、全く違う日の話をしてたのかもしれない。
子どもの私は祖母に、


「戦争の話を聞かせて」


と、言ったのだ。

だが、傍にいた私を生んだ人物は祖母に、
「戦争の話などするな」

と言い、私に続きを聞かさなかった。


広島の日、
私を生んだ人物は、
1歳くらいだったらしい。
もし、祖母たちが、
たまたま市内に入っていれば、
私は、この世にいなかったかもしれない。

 

さて、以前にも書いたが↓

tarouhan24.hatenablog.com


私は、全ての血縁と絶縁している。
決定的な引き金は、
私を生んだ人物が、
親戚のひとりで、

独特のペースで発達をする子に対して、
その子の血縁を遡り、

「広島にいたからかもしれない」
ことを、ヘイトの言葉で憶測したからだった。

だが、それは単なる引き金だ。
私を生んだ人物が、
私に重ね続けた、虐待と洗脳の、
裏側に、
「家庭における父親の強制排除」

という、彼女が幼少時代から、
抱えた問題があった

と、私は思っている。

敗戦後、
祖父の娘たちが学校に行くと、
同級生の中で、
父が徴兵され、殺されたのは、
彼女たちの家のみ、だったらしい。


アホな父親が、

見下り半を突き付けられ、
家庭から追放されるというのは、
そう悪くない。
だが、国に殺され、
家庭から消滅させられるというのは、
事の大きさが違う。
私は、子どもの時から、

いつも家の中、
穴の空いたバケツで、
水を汲み続けているような、

徒労感を感じていた。

この家には、底がない。
床もなく、
落ちていけば、止まらない。
支えるものが、ない。

説得も、決定も、収束も、信念も、対策も、予防も、歯止めも、聞き耳もない。

 

「おじいちゃん、助けて」
悲壮感という程のものではないが、
私は、会ったことのない彼に、

何となく、そう話しかけていた気がする。

母親が息子を歯止めなく、

食いつくそうとし、
息子が、その一切を断つというのは、
ひとつの狂気だろう。
ならば、母は何故狂ったのか?
その原因を全て戦争と、

父の強制排除に求めるのは、
間違っていると言われたこともあるが、
私は間違っているとは、思わない。
これは、勘というより、
私が子どもの頃から、

肌で感じてきたことだ。

 

だから、私は自分があやうい父親として、

強く存在することに、拘っているし、
私の人生の大きなテーマのひとつとなっている。

 

8月6日、9日、
そして敗戦の日を迎える。
私は、結局は苦労知らずだが、

「戦争を知らない大人たち」
にとっても、

戦争は苦い記憶なのだ。

 

 

主夫日記8月4日 ~連れ合いとムスコ編~

 

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本当~に、ナサケないのだが、
主夫であることを、

ウリにしているような感じにも、

関わらず、
ボクは、裁縫が全くできない。


ならば、今までどうしていたのだ?
と、問われると、
連れ合いにやってもらっていた…。

 

先日、
愛用のタイパンツの補修を、
連れ合いに頼み、
繕ってもらっていたのだが、
作業の途中で、
彼女が、突然怒った。
怒るのは、まあ、お互い様なのだが、
きざしが全く無かったので、
ビビった。

 

…タイパンツは、
薄く、風通しが良く、
ゆったりと、幅をとっているウエスト部分を、
紐で巻きつけて穿くもので、
夏には、大変重宝する。
ただ、
ボクは着るもの、持ち物を

乱暴というか雑に扱うタイプで、
そういう人は、

薄い生地ゆえ、

タイパンツを、
痛めさしてしまうことも、多い。
常識的な穿き方をしているぶんには、
全く平気なのだが…。

 

何回、破いたか、わからない。
それも、紙切れを裂くように、

ビリーーーッと、ダメにする。
そのたびに、当たり前のように、
連れ合いに、補修をお願いしていた…。

彼女の刺繍は天才的で、
実際に芸術家としての、
表現活動も、
行っているし、
注文を受け、収入にもしている↓

ameblo.jp


そんな人間の横で、
針と糸は持ちにくい。
もうひとつ、
言い訳をすると、
今はどうなのか知らないが、
自分の時代の家庭科教育は、
歪んでいて、
小学校の6年生のとき、

裁縫を習ったきり。
中学の時は、女子が家庭科のみ、男子が技術のみを習うという、
体たらくだった。
針と糸を持つ習慣が、教育によって形成されていない。

まあ、お父さんに皿洗いを手伝ってもらう主婦、くらいのノリで、
連れ合いに裁縫を頼んでいた。

 

だが、
ヒラヒラしたタイパンツを補修するのは、
簡単なことではない。
さすがの連れ合いも、

うまくいかず、

まあ、やってられるかということだろう。
そもそも、いくら刺繍が天才的でも、

裁縫とは根本的に違うような気がする。

急に、私は、


『裁縫もできない主夫は、主夫でない』

 

と、いうことに気づき、
(アホか…(T_T))
まずは、そこを連れ合いに謝った。
大体、裁縫の苦労を知らんから、
服を平気で粗末に扱うのだ…
ああ、情けないやら恥ずかしいやら。

ところが、

話を聞くと、
連れ合いが怒ったのは、
別に「やってられるか」という気持ちから、
来たわけではなく、
「うまくいかなかった」
ことが、原因らしい。
どういうことだ?
こうなると、
ダメな夫の出番はなく、
スーパースター、
ムスコの出番だ。

「お母さん、何で泣いてるの?悲しいことがあったん?」と、ムスコ。


連れ合いは、
ムスコに、
ズボンのお直しが、うまく行かなかったことを、
告げる。
すると、ムスコは言う。

「お母さんは、いつも大変なことを、
 大変に見せへんやろ?みんなが笑っているのが、
 嬉しいから、大変なことしながらでも、笑うやろ?
 刺繍も大変やろ?楽しいんやけど、大変やもんな」

私は、ぐうの音も出ない。
彼は、本当に6歳(間もなく7歳)だろうか?
そういえば、

ムスコは、たまに、レゴブロックの組み立てが、
うまく行かず、
泣いてくやしがることがある。
ボクの感性は、少しおかしいのか、
「泣くくらいなら、最初っからやらんかったらええや~ん」
とか、人間味のないことを言う。
連れ合いは、そんなボクを諭すのだ。
「ダイちゃん(ムスコ)は、悔しくてもやりとげるねん」と。
母とムスコは、わかりあっている。


ムスコの言葉を聞いて、
落ち着いた連れ合いは、ボクに言う。


「ダイちゃんの言うとおり、裁縫は大変やわ。大変なことが、大変やって、
 気づいてなかった。まず、自分のやってることを、尊重してあげな。
 満員電車に、揺られたりすることも。そうしたら太朗さんの、大変さも、
 わかる。毎日、皿洗い、掃除、洗濯、料理、子どもの送り迎え、ありがとう。
 いろんな人に感謝ができる」

 

 ボクは、恥入って答える。


「せやな。オレは、問題ある世界に対して、何ひとつ出来てないって、
 いう焦りが毎日あるねんな。それで口癖みたいに、

 『もっとやらな、もっとやらな、何もできてない』
 って、言ってんのやけど、ホンマ、自分のやってること、尊重せなな。

 何もできてないからこそ、ダイちゃんと過ごすことが『できた』…んやしな」

 

「やってるよ、ちゃんと」連れ合い

「そうやな、ありがとう」ボク

 


日々、暮らしを継続することなのだ。
世界の問題に、アプローチしても、
部屋がぐちゃぐちゃでは、どうにもならないのだ。


だが、やるせないことも、あるのだ。
部屋がきれいに片付いていても、世界が混乱していては、
どうにもならないのだ。

 

…今日は、
文章の矛盾を、
修正しないで、終わります。

とりあえず、裁縫はちゃんとやることにします。

 

※一騒動の後、ムスコが連れ合いに贈った絵と、言葉↓

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主夫日記7月27日 ~夏休みがはじまっているぞ~

こんにちわ、太朗です。
小学生の子どもをお持ちの、

親御さん方、
夏休みはどのように、お過ごしでしょうか?

ボクも、いろいろ考えたんですが、
結局、いつも通りのダラダラに、
ムスコを付き合わすことに、しました。

 

何でも、子どもはヒマでないと、

工夫いうもんを、自らの手で、

しなくなるそうです。
親が、過剰にイベントごとばかり、

用意しても、良くない。
良くないはずだ!


…すいません、

自分がラクするのに都合の良い、

理屈を当てこんだだけです。

子どもに、

イベントごとを与えたくらいで、
工夫の力が落ちるわけないですよね。

こんな仮説は、
ありえんこともないかも、

くらいのシロモンで。

まあ、それぞれの親が、
それぞれの都合で、

それぞれのやり方でやったら、
エエんですよね。

相手所詮、子どもですから。


そうはいっても、

自分が子どもの頃を思い出しても、
ヒマでした。
男子小学生、(男子はカンケイあんのかな…?)
世界一、ヒマな存在でした。
世界を知らなかったんだな。
今でも、知らない。
一生、知らない。

 

夏休み。
決して、ノン気にかまえていたわけではなく、
ひとり時間が大好きなボクが、
果たして、ムスコと長い時間を過ごせるのか、
また、ムスコがダラけずに、夏休みを過ごすのか、

(子どもが、ちゃんと勉強してるのか?とか、気にする方なんです、ボク)
プレッシャーの余り、
休みに入る前日あたりは、

少し、おかしくなったほどです。

 

初日。

学校で、
「学習会」いうもんがあると、
プリントで知って慌てました。
登校日みたいなもんやろうか?
プリントの説明だけでは、よくわからん。
学校の配布物の説明は、案外イイ加減で、
結構いろいろ、曲者なのだ…。

「学習会?」

34年前は、そんなモン無かった…。

この間、担任の先生との個人懇談があり、

(以前ブログに書いた『3人の老師』に出会った日の、同日の午後)↓

tarouhan24.hatenablog.com

そのとき、

道徳教育について、
制限時間を大幅に越えて話したため、
(何せ10分しか、なかったのだ)
夏休みに入ってからの、

事務的な確認事項を滞らしてしまった。

とりあえず、慌てて、ムスコを学校に行かす。
学習会は、ほんの一時間足らずしかないので、
ムスコは、すぐに帰ってきてしまう。
下のムスメを保育園に送ったら、
家までトンボ帰りだ。

帰宅してから、ムスコに

「『学習会』ってどんなんやったんや?」

と、尋ねると、
別に行っても行かなくても良く、

お友達も、そんなにたくさん出席していない。

先生は、一応いる。

教室で宿題をする。
…そんだけのモンらしい。

何やそれ。
けど、ボクは何となく、
少しでも学校に行かそうとしてしまう。
オヤジとダラダラ過ごすよりは、
やっぱり、少しでも友達と会った方が、
エエんやないやろうか?
と、いう親心(?)が働いてしまう。

そんなオヤジの思いとは、

裏腹に、

また別の日、

「今日は、お父さんとゆっくり過ごしたい」
何てコトを言って、

キラキラまっすぐな瞳を、こちらに向けたりする。

全く…。

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結局、
特別なことは、何もしていない。
ムスメを保育園に送った帰り、
二人でコンビニに立ち寄り、
気まぐれに、
ドラえもん」のマンガを買い与えたり。
それだけのことで、
駐車場でスキップをしたりする、ムスコ。

 

友達と遊ばないわけでもない。
ひとりで、近所の友達を尋ねたりする。
同級生の友達は、
父が把握しているだけでも、
4人。
午後から学童を尋ねることもある。
「学童で何をしてるん?」と、質問すると、

「〇〇くんと、ず~っと遊んでてん」と。
(イヤ、具体的に、何して遊んでたの?)と、思うが、
こちらも、それ以上は特に聞かないので、
結局、何をしているのかわからない。

一度、学校のプールにも行ったが、
(宿題の一環でもあるので)
いつもの授業と、何やら勝手が違ったのが、

「タイヘンやった(本人曰く)」らしく、
今日など、
友達二人が、
わざわざプールに誘いに来てくれたのに、

自らの意思で「ノー」と、言う。
うん、つきあいも大事だが、

人に流されず、
自分で選択することも、大事だ。
父はひとりになりたいが…。

結局、
父がいろいろ、コチャコチャやっているので、
今は、ひとりで、
寝転んで、
買い与えた「ドラえもん」を、読んでいる。
これではイカン…と、思うのだが、
他にどうしろとか言える、アイデアもない。

どちらにせよ、
学習会もプールも、7月中、あと二回くらいしかない。
一度は、琵琶湖に泳ぎに行ったりもした、
思いの他、湖水浴を楽しんでいた。
頻繁に琵琶湖に行くのも、

悪くないな…。

夏休みは、まだ始まったばかりだ。

太朗とatsuco  ~愛と性のはなし~

 

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たまに、

新聞の中身が丸ごと、悲劇に感じられる日がある。
その新聞は、スクラップをせず、
まんま本棚に、保管することにしている。
後から振り返ると、

必ず、何かを表す一日に仕上がっているからだ。

 

7月19日の、毎日新聞が悲劇だった。

 

その日の朝、
「悲劇の一日や」

と、ボクはパートナーのアッちゃん(=atsuco)に言った。


atsuco 「何の話?」
太朗 「新聞が」
atsuco 「何て書いてあったん?」

太朗 「稲田氏が隠蔽了承、蓮舫代表が戸籍公表、壇蜜さんが出演する動画に、

性的表現が含まれ、抗議の声が上がる…イヤや、何かイヤや、女性が虐げられてる日や」

 

一面の写真は、ハイヒールを履き、やや屈んだ姿勢で、
こちらを見つめる稲田氏だった。
ただの立ち姿であるのに、金棒で殴られているように見える。
記事の中身は、読んでいない。
ボクは、物事を理解しようとせず、

自ら見誤る人間になろうとしているのか、
感覚が鋭く、大ざっぱに膨張しているのか、

どちらかの状態だ。

今度はアッちゃんの方が、ボクに話しかけてきた。


atsuco 「ダンミツさんが、性を売り物にしてるように、書かれてるん?」
太朗 「観光用のPR動画に、性的表現が含まれてるから、批判されてるって、

書いてある」

atsuco「う~ん、私が今から言うことは、誤解されるかもしれんけど…」
太朗 「誤解?」
atsuco 「若い頃、いやらしい目線で、見られるのはイヤやった。でも、考えてみれば、本来セックスの対象として、見られるのは、原始的な本能としては、喜ばしいことのはずやのに、何かおかしなことになっている。私としては、ダンミツさんがシメシメとほくそ笑んでるくらいが、エエ感じやと思うんやけど…」

 太朗 「それは、男性が性的に自立してないからやわ」

 

ボクは、思いついた単語を、口にした。


atsuco 「性的自立?」
太朗 「テキトーに言った(笑)例えば、若い時の、ダウンタウンの松ちゃんなんかが、そんな感じやったんやけど、自分の性的問題を、露骨な言葉でギャグにするねんな。『やりたい』オレの何が悪い!…みたいな態度や言葉。『オナニーはしてますか?』という、質問を共演者に言い放って困らせたり」
atsuco 「その行動は、承認欲求やな。そんな自分を受け入れて欲しいゆう」
太朗 「承認欲求だけやないで。もひとつ、『負けたくない』っていう意識。性的にどぎついジョークに対して、抗う言葉は中々出てこない。開き直ることで、安っぽい無敵な存在になれるねんな」
atsuco 「子ども、いうことやな、要するに。母親への承認欲求なんかな?」

太朗 「う~ん、精神分析みたいなんは、ニガテや。それはようわからん…けど、
男性が抱えている、性的な欲求をことさら開示する必要なんか、あらへんねん。さらけだすことで、強くなるんやなくて、逆に弱さをゴマかしている。それが、性的に、自立してへんいうことやねんな。アッちゃんが言うてるような、性本来の喜ばしさが、おかしなことになっている根本原因がココあると思うねん。多分
atsuco 「身近な人にだけ伝えて、理解されたら、それでええのにね」

太朗 「身近な人に認めてもらえてないと、承認欲求を世間にまき散らしてしまうんかな?。万人を巻き込んでも、まだ足りない。」
atsuco 「本来、身近な人に一点集中できるのが、男性の魅力。一人の人に伝える自信がないから、数打ちゃ当たるになってる」

太朗 「今の松ちゃんが、どうなんか知らんけど、身近なひとりに対して自信のない男性は、結構いる。オレ自身も含めて。思考が最悪にマイナスになったときは、万人を巻きこもうとするねんな。性本来の愛、あたたかさ、ほんで強さを、オレももっと語るようにしていかんと…そうしよ。まずはブログやな。この会話書けへんかな…」

 

ボクは、自室から紙と鉛筆を持ってくる。

間が空いたからか、話題が少し変わる。


atsuco 「…売春いうのは、何なんやろ?障がいのある人への風俗産業いう存在を聞いたことが、ある。それは、性のあたたかい側面にも見えるんやけど」

 

太朗 「う~ん、性産業を少しでも肯定するような、言葉を社会に向かって吐いてしまったら…大きな誤解を…」

atsuco 「生むよねえ」
太朗 「オレにだけは、伝わるけど…」
atsuco 「議論になってしまう…」
太朗 「性産業、『無い方がエエ』って前提に立っとくモンやと思うよ…多くは強制や貧困から始まるモンやと思うし。歴史がそうやもん、多分。けど、どうなんやろうな、これ以上はわからん…」

 

この会話にオチはなく、ボクも答えが見つけられたわけではない。
愛と性のはなし。
問いかけは、ある日の会話の中から、永遠に続くのだ。

主夫日記7月19日 ~ムスコの成長~

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私は、

晩ごはん時になると、怒り出すスイッチが、

デコにでも、くっついているのだろうか?

しかし、

苦労して作った、ご飯をこれから食べようという時に、

子ども二人、

テレビを寝転んでダラダラ見とるわ、

つい先程片付けたはずの、

テーブル周りはぐちゃぐちゃにされてるわでは、

たまったものではない。

 

過去の主夫日記を見てみると、
似たようなことを、書いている↓

tarouhan24.hatenablog.com

なるほど、私は晩ごはん時に、怒りだす癖がある。

 

日常というのは、案外同じようなことの繰り返しなのだ。
「同じようなこと」と、いうのは大事で、
少しずつ成長している、証だ。

人は螺旋状に、上昇しているはずなのだ。


怒ったのは、
テレビのつけっ放しと、散らかりのみが、

原因ではなかったはずだ。
そンだけで、あれほど怒れるものではない。
だが、2週間も前の出来事なので、
怒りの理由を、思い出すことができない。

気になる。
どうしても思い出したい。
今、ムスコが、学校から帰宅した。

「あの時、ダイちゃんとお父さん、なんでケンカしたんやっけ?」
と、尋ねても、
ムスコは「何でもええや~ん」と言わんばかりに、

つぶらな瞳はそのままに、首をチョイとかしげて、
オヤツのビスコを食べている。
オヤツが手作りできるようになるのは、
いつの日のことか。


まあいい、

思い出すのは、あきらめた。
とにかく、反省しないといけないことがあるのだ。
晩ごはん前に混乱が起こると、

私は、ムスメを無視して、ムスコの目だけを見て怒ってしまうのだ。
なにせ、ムスコには能力がある。
新一年生、夏休み前。
出来ることは、確実に増えた。


宿題。
明日の用意(後で、父がチェックはするが)
風呂は、ひとりで入れるし、
おねしょも、ずいぶん減った。
(こんなこと書いて、ゴメンよ)
朝は、お父さんより早く起きている。
朝顔の水やり…は、あまりやらないな。

入学当初は、集合場所の公園まで、
送って行ってたが、
今は、玄関で
「行ってきます!」
一番乗りを目指して、
時計の針を、気にしている。

これほど、できるオトコに、期待をかけずにおれようか。


(なにせ、下のムスメは何を言っても、ムダなのである)

でも、私の場合、
怒っている時は、感情的だ。
『期待しているゆえに怒る』といった、

複雑な意図を、怒りの中に反映させるなど、
高等なマネはできない。

つい、きつく当たってしまったあと、
ムスコをフォローするのは、
パートナーだ。

 ムスコのまっすぐな瞳は、パートナーに似ている。
ムスメの笑顔は、私に似ている。

「なんで、お父さんはダイちゃんだけに『片付けろ』と言うのか?」
これは、私がいない場所で、

ムスコがパートナーに言ったのだ。
それで、私はようやく気づいたのだ、
自分がムスコばかりを見て、怒っていたことに。

繊細な感覚を持つムスコは、

人の心がわかる。
軽く言うと、人情の機微がわかるオトコだ。


こんな日も、ある。
理由は説明するほどのことでもないが、

ほとんど家にいる主夫とて、

人生に、ゼツボーしてしまうこともあるのだ。
ムスコはそんな時、
豆腐を切ってくれる。
「お父さんが辛そうだから、ダイちゃんが、お父さんを手伝ってあげる」
動機は、実にシンプルだ。
私たちは、ここまでシンプルでいられるだろうか?
また、複雑なことが悪いことだと、言いきれるだろうか?

本物の夏の前、
みそ汁を作るはヤメた。

変わりに冷ややっこか、トマトサラダを食卓に出す。
冷蔵庫に、たくさん詰まっている、
きゅうりの行き場が、ない。
ぬか床をダメにしてまったので、

じめじめした、

この時期から始めるのは、難しいが、

また新しく、イチからぬか床を作る。


ムスコは、

水を張ったボールの中にある豆腐を、

素手でまな板に掬い上げ、
小さな包丁で、切る。
皿に盛り付け、テーブルまで運んでくれる。
醤油さしも、持っていってくれる。
父のやることを、毎日見ているのだ。
「ダイちゃんが、(お手伝い)できすぎて、
お父さん、感動して泣いてる」
と、ムスコはパートナーに嬉しそうに言う。

 

こんな、日もある。
ややこしくにぎやかな、一日の終わり。
ムスコとムスメは、仲良く布団の中。
…と、思ったら、
ムスメの鳴き声が、大きく響く。
一階で、文章を書いていた私も、
二階の寝室にかけつける。
「一体何をしていたのか?」

パートナーは、ムスコに問いただすが、
ムスコは口を開かない。
ムスメは、世界一不幸であるかのように、
私に抱っこを求める。

私は、パートナーを一旦別室に連れ出し、
思い当たることを、伝えた。


(この間、彼がムスメのお迎えについてきたとき、

何故か、いきなり保育園の門を蹴った。
理由を尋ねると、全く口を開かない。
怒ると、余計だ。
『怒ってないよ、ワケだけが知りたい』と優しく
問いただしても、座布団を頭に巻きつけ、
答えようとしない…忍耐と気まずさが絡み合っただけのような、
苦しく、気まずい時間を過ごすことになった…)と。

「オレが、聞こうか?」と、パートナーに尋ねると。
「いや、私の方が良い」
私は、階下に降りた。

10分、いや15分もたったころだろうか。
ムスコがひとりで、私のところへやってきた。

「お父さんは、はやい。ダイちゃんは考えるのが遅いから、何も言えへん」
そう私に言う。
私は、ムスコを抱きしめる。
後から、パートナーが降りてきた。
「…〇〇(ムスコの名前)が、自分でお父さんに言う、って言ったの。

 でも、ダイちゃんは遅くは、ないんやで」と、私たちふたりに伝える。

何でも、ムスコとムスメの寝る場所が、重なり、もみ合い、
ムスメがムスコを蹴ったらしい。
反射的にムスコが蹴り返し、それがムスメのおなかにたまたま、
当たってしまった…ついでに、保育園の門を蹴ったのも、

「つい、蹴ってしまっただけ」ということらしい。

 

なぜ、パートナーとムスコがここまでの会話ができるのか、
私にはわからない。
パートナーが言うには、
6歳とは言っても、まだお腹の中にいた時と、そう変わらない、

まだ、くっついている。と、いうことらしい。

それも、私にはわからない。

ムスコが安心して、
寝てしまった後、
パートナーは、私に言う。
「彼は、自分のことを『遅い』っていうけど、遅くはない。
まだ、子どもだから、子どもの人生経験しか、ない。
大人と対等の受け答えが、できるわけがない。私たちも、そうだった。
それを忘れては、いけない」と。

確かに、そうだ。そうである。
私の中にも、
説明できない何かが、常に存在する。
自前のボギャブラリーでは、太刀打ちできないシロモノ。
わかるよ。

説明できないことこそ、一番大切なのだ。
心の宝物なのだ。

日づけが変わらないのうちに、

解決しようと、あせってはならないのだ。

 

問いただして、人の心を揺らしてしまうことも、
問いただされて、心が乱れることも、

どちらも、ある。
この現実。
家族全員が寝静まったあと、ひとり思う。

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