たろうの音楽日記

日々の音楽活動に関する覚え書きです。

大阪維新について

松井一郎や、
吉村洋文の発信を見るたびに、
ポピュリズムの精神構造というのは、
弾を込めたらすぐ作動する、
速射砲みたいなもので、
熟考は邪魔になるのだなと思う。

自分には、
大阪維新(どこまでも『大阪維新』なのだ!)
の、冷血性に対しては、
軽口を叩けない、という思いがある。

なぜなら、
自分が住んでいる京都が、
宿痾みたいに抱えてる、
共産対反共の理由でさえ、
何十年も、
此処で生活して、
全く表沙汰にならない、
地べたの台詞のやり取りを、
アチコチで耳にして、
「ああ、そういうことなのかも」と、
時間をかけて、
少しずつ霧が晴れ、
理解して行く位だ。

その地でしか、わからないことがある。

大阪維新が、
支配する前の大阪を、
実感として知らない自分が、
テレビで、吉村洋文の血走った目を見ても、
その裏に積み重なった歴史などわからない。



今日偶然、
淀に行く用事があり、
自分は20代前半の3年間、
この街で仕事をしてたのを思い出した。
以前、
このブログの自伝に、
詳しく書いたので繰り返さないが↓

tarouhan24.hatenablog.com

自分は、
淀の仕事場で、
ポピュリズム風な喋り方をする、大阪からやってきた悪魔のような男」
に洗脳され、
騙され、
金を持ち逃げされ、
借金を抱え、
死の寸前に至るまで、
精神を破壊されたことがある。
自分は、その時はじめて、
目的のためには、
手段を選ばない人間というものが、
存在することを知った。

そして男は、
当時まだ、結党されてなかった、
後の‘大阪維新の顔
となる人物との繋がりの一端に、
自身がいることを、
さかんに吹聴し、
おそらくそれは事実だった。

何年も経ってから、
ある国政選挙で、大阪維新の候補が、
自分の住む京都3区に候補を立て、
本気で、当選を狙ってきたことがあった。
だから、
その時自分は、全く思い入れのない、
当時の民進党の候補者を盾にしてまで、
選挙運動に参加した。
これは当然、
イデオロギーでも何でもなく、
自分の青春のトラウマが原因の反射行動だ。
結局、
大阪維新の候補者は落選するのだが、
あの選挙で、
候補者カーの上から、
自分の住む団地に語りかけていた、
松井一郎の応援演説は、
奇妙に見える程、場違いだった。
あのような現大阪市長の姿など、
中々テレビで観れるものではないだろう。



今でも、
自分には、京阪電車の窓から
人には見えない、
大阪と京都の軍事境界線が見える。
淀に来て、大阪の方向を見るたびに、
気持ちがぞわぞわするのだ。

「この文章の目的はPTAに入ってくださいということ」

「この文章の目的はPTAに入ってくださいということ」

①何かがおかしい会長

この文章の目的はPTAに入ってください、ということです。
…ところが、こんなことを書いてる私自身、
今年度のPTA会長という肩書きを持ちながら、
PTA活動に参加することに、
現在進行形で不安を感じ続けているのです。

私がPTA会長と呼ばれているのは、
妻がPTA会長を引き受け、
私との連名にすることを、条件としたからです。
妻にも不安はあったのでしょう。
しかし、私の見る限り、
妻はPTA会長としての業務を充分(普通)にこなしています。


私の方はというと、
たまに委員会(会議)等に出席するたびに、
大きな不安を覚えます。
説明が難しいのですが、
私は「会話から状況を理解し、記憶し、やるべき業務を遂行してゆく」
という能力が非常に低いのです。
これを読んでいる皆様は、ピンと来られないかも知れません。
「会話から状況を理解し、記憶し、やるべき業務を遂行してゆく」
ことは特に意識せずとも無意識に、日常的に脳がこなしていることでしょうから。

細かい例を上げると、私はかなり暗算が出来ない。
運営委員会とか、臨時総会とか、書面決議とか、加入継続とか、
複数の並んだ漢字が、意味を持った名称ではなく、
単なる字列の固まりに見えてしまう。
興味の無いことに対しては、
脳がシャットアウトされ、集中して聞いているにも関わらず、全く頭に入ってこない。興味がないことは、その場では完璧に記憶していたはずでも、翌日になると全て忘れている。
感じた違和感を、違和感のまま抱えておく耐久力が全くない

…等々、言いだすとキリがなく、説明しきれません。
ですが、自分が興味を持っていることであれば、
却って異常なまでの理解力、記憶力、実行力が働いたりするのです。
その所為で、傍目から見たら普通に見えると思いますし、
実際、普通の状態も混在しているのです。

つまり、正直なところ、私はPTAに興味があるとは言えないのだと思います。
もし、強い興味があれば業務をこなせるからです。
私は「決して興味のあることではないが、社会の維持のためだからやる」
という中間的な行動ができません。
決して面倒臭いとか、怠け心とかではないのです。

PTA活動は、私が今年度の本部を見ている限り、
大抵の人には、こなせる業務だと思います。
事実皆様、私から見たら、信じられないほどにPTA活動をこなしています。
ところが、私の場合は誤解を恐れずに言うと、先に申し上げた理由によるPTA活動の出来無さ加減は、ほとんど病であると思うのです。
【この文章の目的はPTAに入ってください】がテーマのはずが、
私の資質は、全く逆ではありませんか。
私にはこの事実が、大変心苦しいです。



②女性の中で男性がひとり

都合がつく限り、委員会(会議)に参加します。
これは、役員誰もがそうだと思います。
会議の最中、私にはママさん(敢えて言うと)たちの会話が、
踏切が空くのを待っている時に、
目の前を走る電車の「ゴーッ!」という音のように感じられます。
私には猛スピードで、どんどん話が流れていく中で、
「もう一度言ってください」とは、とても言えない。

常識的に考えて、
一度や二度の聞き逃しや不理解なら、
聞き返し尋ねることもできるでしょう。
しかし私が、わからないたびに再度の説明を求めれば、
会議は終わらないでしょう。
メモをとったところで、
その時の記憶がアヤフヤですから、読み返してもわかりません。
会長でありながら、今年度のPTA活動がどのように進められているのか?
全く理解していないわけではないのですが、
間違いなく、大まかにしか理解していない。
理解しているフリをしている。

近頃はPTAでも「ライン」のやり取りで、
情報共有をすることが、大きな割合を絞めています。
私には「ライン」を使うことが非常に困難です。
「ライン」は、リアルで会話に取り残されるよりも恐ろしく、
目の前を通りすぎる電車どころか、
濁流を前に、立ちすくんでいる気持ちになります。
どうやって文字を打てば良いのか?
会話と同じスピードで打てばいいのか?
思ったことを書いたら、的外れ。
感情がそのまま出てしまったら後悔する。
削除すれば不信に思われてしまう
…そうこうしているうちに、
今年度のPTA活動の中身から、
自分の知らないことが、どんどん増えて行く。

正直PTA、男性は困難です。
(これは自己認識としての性であり、生まれながらの性別は関係ないです)
何故なのかわかりませんが、
私はよく女性の中で、男性がひとりという状態になります。
考えて見れば、不自然ではありませんか?
何故、PTA役員のほとんどは女性なのでしょうか?
男性会長の例は割と聞きますが、
ワンオブゼムの会員として、
何人かの男性が、PTAに自然と存在する絵を余り見たことがありません。

女性と男性では、やはり思考回路は違います。
一種の偏見ですが、多くの女性は男性より情報処理力、
ネットワークを構成する力に優れているように思えます。
男性の傾向として、
女性のように、円滑な会話を苦手とする変わりに、
くだらない冗談(いわゆるギャグ)を言ったりするのですが、
女性の中に男性がひとりの状況だと、
話の流れから派生する笑いはあれど、
突発的なギャグはありません。
私は委員会の間、ギャグが無い状況に苦しんでいます。
これは、笑いごとではないのです。
もっと男性の方にも、PTA活動に参加して頂ければ、
違う観点が発生し、風通しの良いPTAの形成が可能なのではないでしょうか?

最も、男性が勤労さえしていれば許される傾向にある、
男性有利社会ゆえに、男性がPTAに参加しにくいという、
この国が伝統的に抱えている問題もあります。
私は、これをかなり深刻な問題と考えています。
問題をちゃんと問題として可視化するのは、
庶民ひとりひとりの動きです。

【この文章の目的はPTAに入ってください】です。
私は、特に男性の方にPTA活動に参加して欲しいのです。
願わくば、女男の比率が均等になるくらいに。
現在配偶者がおり、それがたまたま異性だというママの方は、
割に多いと思いますので、
パパにPTA活動に参加するように、
言ってもらっても面白いかもしれません。
私の名前が会長にあるのは、ひとつの例です。
まだお会いしてないパパさん、
おそらく、あなたは私より余程うまく、PTA活動に参加できると思います。



③PTAは何のために存在するのか?

話がそれました。
私はPTA活動に参加するにあたって、
二章に渡って説明したように、
気質のおかしさと、男性であるという困難があります。

かと言って、私はPTA活動から逃れようとするタイプの人間でもありません。
むしろ、声をかけられれば、
仮に妻がいないと仮定しても、積極的に引き受けたりしかねないのです。
わざわざこの章のタイトルのように
「PTAは何のために存在するのか?」
「何のためにPTA活動をやるのか?」などと考えません。
理屈抜きで、
「PTA活動は、何より子どものため、そして学校、保護者、地域を繋ぐ大切な活動だ」という認識をごく当たり前に持っています。
その点では、私の感性はいわゆる「普通」だと思うのです。

現に私は今でも、自分の能力の限界を忘れ、
「やればできる!」と自分に強く言い聞かせているのです。
私が最も恐れるのは、私の他にも、仕事の忙しさとか、
人づきあいの苦手さとかではなく、
気質的に、PTA活動が困難である保護者がいて、
PTA活動のために強く苦しむことです。
割合としては、100人にひとりくらいかも知れません。
でもきっと、そういう人はいると思います。
また、私にはあずかり知れぬ理由で、
PTA活動が困難な保護者の方は、いらっしゃると思います。
きっと少数派だと思います。

【この文章の目的はPTAに入ってください】にも関わらず、
私は数少ないPTA活動が困難な保護者、
そしてその子どもが、PTA活動に参加できないことで、
不利益を被ることを最も恐れているのです。
PTA活動に限らず、集団で物事を推し進める際に、
皆が皆、ある程度のことは出来て当たり前、
という思い込みを持つことは恐ろしいです。
(大人であれ子どもであれ)
私のような困難さを抱えている人間もいますし、
家族の形も様々で「ママ・パパ」とは限らない、
国籍や話す言語だっていろいろです。
そして、身体の五体満足の在り方には、決まりなんてないはずです。

こういった、少数派の不都合をいちいち拾っていたら、
円滑さに支障が出るから目をつぶってしまえ、
という気持ちがあると、必ず社会は何処からか歪み出し、
狂いを生じ、決まった形を統一した価値観で保持していくことに腐心する、
お仕着せの、息苦しいものとなって行きます。

さてここで、ひっくり返すようなことを言うのですが、
PTA活動に困難さがあるからこそ、PTAには加入して欲しいのです。
私がPTA活動に耐えうる気質を持っていない、
少数派だということを、長々と書きました。
だからこそ、これと言った理由もなく、
PTA活動を避けるということはして欲しくないのです。
昔に比べ、経済状況が大きく傾いている日本では、
労働時間も却って長く、忙しいことはデフォルトとなっており、
PTA活動を避ける理由になるのは、無理もないことです。
しかし、忙しくとも助け合いの精神で活動を継続する。
そのための改革は、今年度に限らず、
ここ何年かのPTA活動の、大切な柱になっていると私は理解しています。
散々書いたように、
私は、気質的に向いていないPTA会長ですが、
妻と連名でやることで、
お互いに、ハンディをカバーしているとも言えます。

究極的に、
「PTAがあった方が良いのか、別に無くとも良いのか?」
と問われれば、不謹慎に思われるかも知れませんが、
私にはわかりません。
が、少なくとも、〇〇地域のPTAは、
存続するという方向で固まっていると思います。
善し悪しはわからないとしても、
あるべき姿としてどうなのか?
と問われれば、私は、PTAは持続されるべきだと思っています。
理由や理屈でなく、
「そうだったら、そうなんだろう」と言った心持です。
わかるのは存続されれば、存続するということです。
もし無くなれば…どうなるかわかりません。
無くなることが良いと思っていないだけで、どうなるのか興味があります。

「PTAは何のために存在するのか?」
きっと、今さらなことを考えているのだと思います。
当たり前に、PTAとは地域の網の目のひとつなのでしょう。
人間は何処まで行っても、山奥に逃げても社会的な動物です。
関わりが無ければ生きていけません。
地域には、人と人という網の目がある。
私は、PTAの存在を知ってしまってからは
(世間知らずなのか私はPTAが、当たり前に存在していることを、
人の親になるまで知りませんでした)
PTAを自然に感じているのでしょう。空気とか水みたいなものです。
子どもの健やかな成長のために、
親として、自分がただそこにいるのと同じことでしょう。
保護者と学校と地域がつながっている。
登校班があったり、祭りがあったり、運動会があったり
…ただの普通の感覚でしょう。


さて、結局最初に言ってたことに戻ります。この文章の目的はPTAに入ってください、ということです。ただそれだけです。

天安門事件

一年前の今日、SNSに投稿した文章です。
今でも基本的な考えは変化していないので、
ブログに転載します↓




天安門事件は、76年生まれの私にも心的外傷です。

中学生のとき、
久米宏が出演しているテレビのニュース映像で、
学生たちが制作したであろう、
洗練されてるとは言えない造形の
‘民主の女神像’
が、破壊されたときには、悲劇性を感じたものです。

長らくそこに飾られるものと、思っていましたから。

民主の女神像の下で、
鄧小平と人民解放軍はどのようにして、
一般庶民を殺したのか、テレビのニュースが全てだったその時代にはわかりませんでしたし、今でもわかりません。

成人してから、
三条河原町にあったメディアショップという、レンタルビデオ店の中古販売コーナーで、
二巻組の映画「天安門」のテープを購入しましたが、
それを見ても天安門事件が一体何なのかは、よくわかりませんでした。

段々と理解していったのは、
国家の指導者の冷静な頭脳は、放っておくと何をしでかすかわからないということ。

(シリアへの空中からの虐殺作戦を、自国の軍隊に指示しながら、日本の通り魔殺人事件に哀悼の意を表明する、ドナルドのように)

そして、
たまたまそこにいた美しい若者を、危険を伴う反体制のアイコンに仕立て上げておき、
影で、それをずるく自分勝手に応援したり、熱狂したりする人間が存在すること。

インターネットのいい加減な情報で、 柴玲や王丹の人生が、その後どうなったのか知ろうとは思いません。

ですが、天安門事件以来、政治運動の中で胸を打つ英雄が出てくるたびに、「よしなさいよ」としか言えない、臆病な人間に私はなったのです。

曲リストを

今日は…
持ち歌が60曲になったので、
何となく、
曲リストの公表です。
こういうもんに興味を持つ、
奇特で有難い方も、
いらっしゃるかも知れないので。

カバー2曲、
共作7曲、
完全自作が51曲ですか。
曲作りを始めたのは、2017年12月くらいから。
順番も大体…合ってますかね。

「オレが真のロックン・ローラー」「オレが真のブルース・シンガー」「オレが真のフォーク・シンガー」「オレが真のラッパー」「オレが真のレゲエ・シンガー」「オレが真の演歌歌手」「オレが真のテクノ・ミュージシャン」「オレこそが真のパンクス」「オレがファンキーやなかったら、一体誰がファンキーやねん」

様々な詐称を働いた結果ですね。
1曲書くと、
もう一生、似たような曲しか、
書けないんじゃないだろうか?
と不安になります。
今後とも、よろしくお願い致します。

1 くらいつく(作曲:あゆるん)
2 オレにはそれで充分だ(作曲:あゆるん)
3 ふたりのシェルター
4 みちのみち
5 資本主義
6 自衛隊のおっちゃん
7 友達
8 この世は女性のためにある
9 バイバイ
10 花はいらない

11 太朗のラップ
12 戦争と選挙はやめてくれ
13 無題のブルース
14 アポロの歌
15 鳩のヘブン
16 天皇陛下はいらない
17 芙蓉の花(作曲:あゆるん)
18 種
19 人間の悲しさを忘れない
20 絶対ここから抜け出して見せる

21 ハロー、ハローハロー、ハローハロー沖縄
22 大きくなると(作詞:DAICHI)
23 雨が上がった
24 雨の音(作詞:DAICHI)
25 他人の幸せ許せない
26 生活のうた
27 ニノヨイサッサイ宮古島(作詞:KAORI,MASA 作曲:MASA)
28 ロスト・ジェネレーションのうた
29 あなたがわからない
30 少女

31 おはよう
32 孤独の誕生日
33 花の応援団
34 夫をあの世に送りたい
35 表現の自由
36 先生は指名手配
37 今日の空は青かった(作詞:コスモス)
38 ジャンプの打ち切りマンガとカネやんの400勝
39 そよ風(作詞:DAICHI)
40 Glory to the 香港(香港民主化運動のテーマソング)

41 戦争と平和と芸術家(War, Peace, Artists)
42 宇治へ嫁ぐ
43 伏見の景色
44 クリスマスの道(作詞:コスモス)
45 英雄
46 12年前
47 桜を見る
48 無気力ベイビー
49 利息型奨学金ブルース
50 人類滅亡

51 君が好きだけど さよならしたい
52 AI
53 ロックン・ロール
54 マリワナ・ハイ
55 母親をkoroshitai
56 カンタンな唄
57 穏やかな風
58 9条信者
59 PTA
60 ウイルスは教えてくれる

コロナウイルスとロックンロール

不思議な気持ちで生きている。

コロナウイルスが、
世界を覆いつくしている、
この現在、
信じられないことばかり、起こっている。

新聞をパラパラと開くと、
やれ、
中国とアメリカが協力体制に入っただの、
やれ、
ロシアがアメリカにマスクを贈っただの、
やれ、
中国の誰かが、
日本の保育園にマスクを贈呈し、
お礼をしたいが、
連絡先がわからないだの、
慈愛に満ちた言葉が、
溢れている。

一体、どうしたことなのか?
あれほど遠かった、
世界平和が、
これほど簡単な姿で現れるとは。



私は京都に住んでおり、
二人の子どもがいるのだが、
騒動の最中、
臨時休校に続いての春休みが、
明けた後、
この子らを学校に行かせるのかどうか、
親として判断する必要があった。

家庭内にある様々な理由を検証し、
私はおそらく、
この子らに、
考えられる限りの対策を与えて、
学校に行かすのではないか?
と思った。

だからと言って私は、
ほとんど悩んでいなかった。
どこか、
休校が延長になるような気がしており、
実際、その通りになった。

なぜ、
休校が延長になる気がしたかというと、
ごくごく当たり前の話で、
皆がそのように考えてるだろう、
と思ったからだ。
何しろ、
ウイルスは無差別に人間を襲ってくるから、
皆が同じ不安の中にいる。
千年、万年、
人間は多くの戦争の中で、
優が劣を殺害してこそ平和、
生き残った者が勝者、
という幻想を、
どれほど多くの残酷を経験してすら、
克服できなかった。
彼らウイルスは、
そんな幻想を、
いとも簡単に乗り越えてやってくる。



内閣総理大臣を、
安倍晋三が務めているのは、
単なる偶然だろうが、
たまには彼の顔を見て、
ぶかぶかのマスク姿に、
豊かで脂ぎった髪の毛が、
やつれたように、
数本だらりと、
垂れ下がっているのを見たりすると、
哀れな気持ちにならずにいられない。
長年慣れ親しんだ、
総理大臣の顔が、
このような表情になるのは、
初めてのことだ。

この右翼のプリンスは、
こんな形で緊急事態宣言など、
出したくはなかっただろう、と思う。
体制のため、
国防のため、
美しい国のため、
先祖代々の理想のため、
華々しく成立させたく、
喉から手にいれる程、
欲しかった緊急事態条項が、
敵対していたはずの野党からすら、
突き上げられ、
これほど簡単に成立し、
まさか、
ホンモノの自然災害のために、
使用する破目になるとは。

総理大臣から、
一般庶民まで、
あらゆる立場の人間の価値観が、
崩されて行ってる。
もはや、
考えても仕方ないのだ。
ウイルスの前に我々は平等だ。
菌から見た我々は、等しく手軽で愚かな存在だ。
争うヒマもなく、
社会の動きはストップしてしまった。
人類は、
否応なしに、
長い長い、強制休息期間に入ってしまったのだ。

おかげで私は、
一切の頑張りから解放され、
一日ひとつは、
手応えのある何かを得なければ、
達成感が無ければ、
終わることができないという、
強迫観念からも解放され、
争いごとの大元であった、
野心や上昇志向からもすっかり解放され、
心穏やかな日々を送っている。
自分が今まで作ってきた音楽すら、
すべて捨ててしまっても、
全くかまわない。
(ロックンロール!)
それほどに、世界は変わってしまったのだ。



しかし、
残念ながら、
疫病というものは、
いつかは終わってしまう。
私はコロナ騒動が終わってしまうのが、怖い。
もしも、
数か月で疫病が終わってしまえば、
喉元過ぎれば熱さ忘れて、
人類は何事もなかったように、
あの頃に戻り、
再び無益な争いを繰り返すだろう。
せめて、
一年くらいは、
この状態が続いてくれないだろうか?と思う。
一年も続けば、
ウイルスの流行が去ったとしても、
ある程度の緊張感は、
続いてくれると信じている。
マスク姿も勇ましい、
風の谷のナウシカ
の世界が本当にやってくるのだ。
私たち愚かな人類には、
少々の緊張感が継続されている方が、
余程平和なのだ。

 




曲を作る、そしてフォークシンガー

土曜日の夜に、
路上ライブに出かけようとしたが、
雨のため、断念する。
代わりに、曲作りを試みる。
軽い気持ちだったが、
3曲スルスルと出来た。

創作のモチベーションとか、
インスピレーションというものは、
何処からやってくるのだろう?
と、思う。

出来たのが、
『ロックン・ロール』→https://www.youtube.com/watch?v=Pk4PY7b9tRE
『マリワナ・ハイ』→https://www.youtube.com/watch?v=DNBTQ0a-feM
『母親を殺したい』
の、3曲。
どれも、
何かしら、
家の用事をしているスキ間に、作った。
最後のは、まだyoutubeに上げていない。
ずいぶん物騒な曲名だ。
路上ライブで演ることを、
自分に許可しないだろう。
今後、説明が必要になってくるかも知れない。



さて、今日は日曜日、
雨が降る様子はない。
晩ごはんの支度をしてから、
いつもの大手筋に出る。
晩ごはんの支度をしたからと言って、
大手を振って、
家庭での任務から、
解放されたわけではない。
晩ごはんを作った、というだけのことだ。

今日の大手筋は寒かった。
到着が六時半だったため、
すでに人通りもまばらだ。
辛抱して演奏する。
『資本主義』
『桜を見ても』
『君が好きだけど さよならしたい』
自作曲を歌って行く。

友人のmさんが通りかかる。
自分の曲を知ってくれていて、
リクエストを頂戴する。
『生活のうた』
という歌をうたう。

余り、
歌うつもりが無かった曲なので、
方向性が変わる。
ロックン・ローラーというよりは、
フォーク・シンガーみたいな感じになって行く。
予測しない方向に行くから、
他者の存在はありがたい。
楽しくなってくる。
『AI』
『12年前』
新しく作った曲も交えて歌う。
mさんは去って、また一人に。
『少女』
『芙蓉の花』(作曲:あゆるん)
『香港に栄光あれ』(カバー)
やはり、フォークだ。

目の前には大学生らしき、
待ち合わせの4、5人。
振り向かせたい、ロックしたくなる。
『無気力ベイビー』
『人類滅亡』
誰も、こちらを気にする様子はない。
どうもロックにならない。
だが、かまわない。
執着しているわけでもない。
それでも新曲の、
『ロックン・ロール』を試してみる。
良い感じだ。
家では余りうまくいかなかったのに、
路上だとうまく行く。
自由な気持ちが、そうさせるのだろうか?

寒さは限界近くになる。
『クリスマスの道』(作詞:コスモス)
そして再び、
『君が好きだけど さよならしたい』
を歌い帰宅する。
歌える、
ということが良かった。
休日に、
歌うことができる仕事に就いていることが、
本当にありがたい。
歌うことで、
自分が自分であることを、確認できるのだ。

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ロックンロール

ムシャクシャする。
右を向いても左を向いても、
クールを気取った癒し系ばかり。
オレのことを純粋だとか言うけど、
単にアンタらに度胸が無いから、
腹を割った話ができないだけだ。
満足な挨拶もなく、
無心で会話すらできないなら、
コロナウイルスを怖がることもないだろう?
元々自粛してるんだから。
探り合いをしながら、
雰囲気を壊さないように、
薄氷の上を歩くみたいに過ごして、
何が楽しい?



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40過ぎてこんなことを言ってるオレは、
まるで湘爆のシゲさんだ!

ヘイ!
メッセージが伝わらない、
こんなブログを書いても仕方ない。
歌う場所がない!
心を開いて話ができる友人など、
ひとりもいない!
表現者としての自分は、
自殺衝動にかられている!
どうする?
歌いに行け、
今すぐ歌いに行け!
大手筋に行け、
負けるな、たろう!
負けるな、たろう!



京阪伏見桃山駅東大手筋。
17時30分。
まず、
『芙蓉の花』だ。
殺す側も、裁く側も、
あまりにも命を軽んじているこの時代、
これが必要だ。
作詞はオレ、たろう。
作曲、あゆるん、の作品。
ただの反戦歌じゃない。
人間の深い尊厳を歌った歌だ。
murakamisan!

オリジナル曲を歌い続ける。
『桜を見ても』で、1000円のチップ。
声が出てる!

『種』
『おはよう』
『君が好きだけど さよならしたい』
『12年前』
『英雄』

『香港に栄光あれ』(これはカバー)
戦争と平和と芸術家』
『そよ風』

酔っぱらいのおっちゃんが、
「古い歌やったら知ってるで~」
と絡んでくる。
最高。
オリジナル曲のコード譜しかないので、
自衛隊のおっちゃん』歌ったら、
ノリだけで、
おっちゃん大喜び。
一円もチップくれんと、
天に向かって、
拳つきあげて、
万歳して去っていった。
長生きしてや!
そんな歌だ!

最後のつもりで、
もっぺん、
『芙蓉の花』全力で歌ってたら、
ミセスな老婦人が傍に。

ヘンな歌、
うたったらアカンので、
癒しムードの、
『伏見の景色』を歌う。
するとミセス、

「まったりしすぎ、優しすぎ」

ならばと、
3コードの
『種』を歌う。

ミセス「まだまだなよっとしている」

ならば、
ロックンロールの
『利息型奨学金ブルース』を歌う。

ミセス「それ、それアンタのことや、アンタの歌や」
そう、
オレはロックンローラーだ。
楽器がウクレレであろうと関係ない。
エレキギターと高級アンプを持った、
腰抜けだって腐るほどいる。

オレは歌う、踊る。
リズムを刻む。
『無気力ベイビー』

『12年前』

老婦人「どうやろ?それはアンタのことなんか?」
鋭い、
それはオレじゃないレディのことを歌ったんだ。

なら『ロスト・ジェネレーションの歌』だ!
オレの歌だ。

老婦人「まあエエわ(悪くない)」
と、チップを落として返って行く。

何てことだ!
と思う。
自粛していたのは、
世間の連中じゃなくて、オレ自身だった!
オレは日和っていた!
脳味噌空っぽの癖に、
探り合いをして、
雰囲気を壊さないようにして、
薄氷の上を歩くみたいに過ごしてたのは、
オレだった!
バカ野郎!
おまえは歌いたいのだろう!
歌えばいいじゃないか!
勿体つけて…
周りに気を使って…
政治系の歌を避け…
テクニックもない癖に、
大道芸人気取って!
おまえみたな不器用野郎は、
表現するしかないだろう、
ロックンロール以外、
何ができる!
『資本主義』
『友達』
『アポロの歌』
天皇陛下はいらない』
『戦争と選挙はやめてくれ』
『君が好きだけど さよならしたい』
昔(と言っても二年前だ)に、
作った歌も歌う。
歌いたかったんだ。
オレは、
オレの歌が大好きだ。

モヤモヤして、
自殺しそうになったら、
すぐ歌う、
歌で返し、歌で生きる。
それがオレのロックンロールだ。

京阪伏見桃山駅東大手筋。
19時30分