たろうの音楽日記

日々の音楽活動に関する覚え書きです。

主夫日記3月28,29日 ~沖縄家族旅行の思い出②~

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出立前に大きな問題が、
まだ残されている。

私は、飛行機がこわい。
めちゃめちゃ、こわい。

これから行くという時に、
何を今さら、と言われるかもしれないが、
こわいものは、こわいのだ。
私は20代前半の頃、
精神疾患的なものを患ったことがあり、
(詳しくはブログ内の『ド不幸自伝』に記しています)↓

tarouhan24.hatenablog.com

その後遺症で、
ちょっとした、乗り物恐怖症になってしまった。
(今は、『パニック障害』という言い方のほうが、良いのかな?)
ビョーキの全盛期は、地下鉄を数駅を乗っただけで、
パニック状態に陥り、駅で倒れていたものである。

それもあって、旅行嫌いの出無精になった、
いうトコもある。
近所の薬局で鎮静剤を購入し、
古いi-podにビートルズの音源を入れる。
ビートルズが好きというよりも、
抑揚の効いたメロディーの音楽を聴いて、自意識を消すためだ。

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まあ、あの頃から大分経っているので、
おそらくは大丈夫だろうと、
ある程度はタカをくくっているのだが…。

***************************************

あっという間に、
伊丹に到着し狭い機内に入る。

生きた心地がしない。

パートナーと、子ども二人は、
キャッキャッと、はしゃいでいる。
この人たちの神経が、人間とは思えない。
パートナーみるまには、
通常、人が感じ取れないことまで、
第7感で感じとる、
鋭敏な感性を、普段は備えているというのに、
こーゆー飛行機とかは、全く平気らしい。
どないなっとんねん。

にしても、
飛行機の何がイヤかというと、
離陸までゆ~っくり、時間をかけるトコロだ。
じわじわ、
キョーフを味あわせるような、この悪趣味。
まるで、大相撲の
「時間いっぱい」だ。
何故、サクッと飛ばない。

文句ばかり言ってるようだが、
あの離陸の瞬間の異常な振動は、
どうにかならんのだろうか?
沖縄どころか、宇宙に行ってしまう気がする。
ムスコはワクワクの余り、
歯をくいしばりながら笑っている。
ポール・マッカートニーが、私の耳元で絶叫している。
ジョン・レノンかもしれんが)
おかしい。
マジでおかしい。
何故、気球のように、
ふんわりと、飛び立ってくれんのだ。
おびただしい量の手汗。
もうダメだ。

***************************************

気が付くと、
安定飛行に入っていた。
先程までの恐怖は何だったんだろう。
ああ、何かオレすごい克服したなあ。
これなら、
単なる飛行機ギライだ。
20年余りの懸念を乗り越えたのだ。
横を見るとムスコが、
退屈だと怒っている。
確かにこの状態では電車と変わらん。
中央の座席やし。
したらずっと、
あのナナメに上昇してゆく状態が良かったんかい。

ああ、今から沖縄に行くんやなあ…と、ふと思う。
まだまだ、大げさに考えている。

つづく☆


主夫日記3月28,29日 ~沖縄家族旅行の思い出①~

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家族で沖縄旅行に、行くことになってしまった。

主たる目的は、会社員を辞め、
独立開業するパートナー(女性)が、
本島中部の西原で行われる、勉強会に参加するためである。

パートナーの生業は作家。
「みるまに」という名で、
数秘術と刺繍を組み合わせた、独特の表現活動を行っている。
彼女が参加する勉強会の中身とは、数秘術の講座。
数秘術とは、生まれた月日と名前から、人の在り方や指針を見出す、
統計学らしい。
(私にはよくわからない)
数秘に関しては、
ほぼマスターの彼女だが、さらに磨きをかけるべく、勉強。
また、沖縄で受講することにも、大きな意味があるということだ。
大したものである。

それもあって、
旅行のコーディネートは、
すべて、パートナーみるまにがやってくれた。
私の能力は、ほぼ子ども同然。
ネットを駆使して、
飛行機やレンタカーや宿の手配をしている、
みるまにが、魔法使いのように見えて仕方ない。

10代後半から、20代に入った頃、
まだ「交通公社」の雰囲気も残る,
JTBの窓口に行き、
現金とビジネスホテルガイドを片手に、
都会をひとり旅していた頃は、
自力で旅をしている実感は、あった。

(私は、自然環境が圧倒的に苦手なため、都会にしか行けない)

まさか、
ネットなどというモノが、
発明されるとは、思っていなかったし、
スマホなどという不安なものが、
各種手続きの媒体になるとは、
これまた、夢にも思っていなかった。
時代の流れに着いて行けない。

この先、ひとりで生きていけるのか、不安だ。

***************************************

出立の前、
NHKの番組
あさイチ」が、
『沖縄 母親たちが見た基地』
という特集を放送していた。
イムリーなので、
小学校2年生になる、ムスコと一緒に見る。
普天間基地間近の、
保育園や小学校に、
米軍機から空き瓶や、窓枠が落とされ、

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しかも落とされた保育園に、
「自作自演だろう」という、
非人道的な嫌がらせの声が届く。

この現実を見たムスコは、

「(この番組)見るんじゃなかった…」
と、悲しそうな顔を見せた。

そこで、

「これは、ホンマにあったことやけど、そんなんに負けんように頑張って、
平和を作ろうとしてる大人を、キミもたくさん知ってるやろ。
ほんで、お父さんも、お母さんもそのひとりや」

と、このように、私はムスコに告げた。
そして、迫りくるものを押し返すように、
両手で、
「バン!」
と、はじき返す動作を見せた。
すると、ムスコの表情が一瞬でサッと晴れ、
「自分も一緒に押し返す!」
と、いうではないか。

まずは、心を作ることが大事だ。
お父さんは、ウレシイ。

ちなみに、
番組は、イノッチと有働アナ最後の日だったらしい。
イノッチおない年。スキや。

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つづく☆

 

ド不幸自伝⑬ ~不幸の終わり~

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≪前回までのあらすじ≫

:20代前半。両親の借金のため、兵器工場で、働くことになった自分は‘モアイ’像によく似た男と、知り合いになった。自分はモアイと、頽廃的な遊戯を繰り返した果てに、消費者金融でモアイのために金を借り入れる。モアイは逃走し、ショックとストレスから精神を破綻した自分は、京都市北部の精神病院へ通い、医師の手によって、強制入院させられるところを逃走する:

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自伝を書くというのは、つまらないものだ。
ただ、起こったことを、順繰りに書くだけだから、
意外性の入りこむ余地がない。
主人公である自分が、
精神疾患を患ったところで、
それが単なる現実であるからには
次から次へと、
ランダムな人物と関わり、
さして意味のない会話を交わし、
大したファンファーレもなく、
時間は過ぎ、
やがて終わる。
とはいえ、
自伝が意外性と無縁であっても、
この陰々滅滅たる活字の連続が、
何となく、小説風になってきたことは、
副産物というか、
書いている自分にとっても、本当に意外だった。

これは、果たして自伝なのか、小説なのか?
書き終わってみれば、わかるのだろうか?

***************************************

前回、
病院を脱走したときに、
自分の病気は治りはじめていた、
と書いた。
だが、当時の自覚としては、
病院を全力で脱走したとはいえ、
苦しみは続いている。
だから変わらず、途方に暮れていた。
内なる自分の力には、気づいていない。
新芽のような、力の発動に気づくには、
もう一刺激が必要であった。

***************************************

それは、少しだけ妙な出来事である。

自分は、
付き合いを良くしようと、心していた。
何でも良い、
人に会う機会があるというのなら、
なるべく、話に乗る。
どれほど不安だろうが、
何とか押しきって、他者に触れる。
それが大事だと感じていた。
家と散歩だけでは、腐り行く。
(このように意欲がある時点で、好転しているのだが)

ある日、
中学の同窓会が行われるという、知らせを聞いた。
当時だから、
おそらく携帯電話のメールでの、知らせだろう。
24歳など、子ども同然の年齢で、
10代とそう変わりない。
学校に行ってた時分など、身近なものだ。
同窓会の類も、
割と頻繁に開かれていたような気がする。

「行こう」自分はすぐそう決めた。

船だ、自分は船に乗っている。
生きているからには、死なない。
死なないのだ。
「人」は怖いかもしれない、
海だ。人は海だ。
自分は船に乗っている。
大きな船に。沈むことのない船に。

そのように、言い聞かせた。

***************************************

治療目的で、
参加している自分に、
宴会を楽しむ気持ちの余裕などない。
同級生と再会したところで、
何の感動もなく、ただ座っている。
不安の液体が、
縁いっぱいに注がれたカップを、
頭の上に乗せているようなものだ。
必死で、平衡感覚を保っている。
アルコール類には、一切手をつけなかった。
周りからは、単なる無愛想に見えたことだろう。

店の場所は忘れてしまったが、
おそらく河原町の何処か。
狭い京都の繁華街、
モアイの粉物屋の跡地からも、近かったかもしれない。
悪夢の舞台となった場所に、
あっさり舞い戻り、
同窓会という一日を、過ごしている自分がいることが、
今では、妙に不思議に思える。

***************************************

あれは、二軒目の店だったと思う。
20人弱の同窓会メンバーは、
河原町の居酒屋から、出町柳駅近くにあった、
今でいうカフェのような場所へと、流れていた。
自分も含めた、
そのうちの10人くらいが、
広い丸テーブルの席を取り囲む。
顔を上げると
視界いっぱい、ぐるりと人間の顔があった。
今まで、書いていなかったことなのだが、
当時の自分は、タバコを吸っていた。
スマートフォンも無い時代なので、
誰とも離したくない間を、
嫌味なく誤魔化すのは、
宙を見てタバコを吸うのが一番だった。
喫煙が、
今ほど問題視されておらず、
タバコの価格も安かった。
一言言えば、
さほど遠慮せずに、喫煙することが可能で、
煙に苦痛を感じている人間に、
気づくことが難しかった。
自分以外にも、タバコを吸ってる人間は多く、
丸テーブルは、もうもうと煙に包まれていた。

煙の中に、〇山がいた。

「イヤやな」

と、自分は思った。
〇山のことは、
このように、
名前を書く気にもなれない程、嫌っていた。
(この自伝も終わりに差し掛かっているので、ニック・ネームを考える気にもなれない)
〇山は、かなりの色男だったが、
話の内容が無神経で、
「何人」の女性をモノにしたとか、
そういうことを、
まるで成果のように、吹聴するような人間だった。

席を立ちたかったが、
自分に機敏な動きをする元気はない。
〇山は、何故か場の中心になって喋ろうとしていた。
妙に、懸命である。

「オレは、出家した」

〇山はいきなり、そんなことを言う。

「仏の道に仕える身になった。修行の成果で、オレは昔と変わった。めちゃくちゃ社交的になって、人と話す性格になった」

「髪の毛、あるやん」周りにいた誰かがそう言う。

「いや、今の時代、髪の毛とか関係ないない。アレはイメージやねん」

おそらく〇山は、身に起こった出来事を話しているのだろう。
だが自分には、まともな話に感じられなかった。
常人ならば、
一端、立ち止まって考えるべき過程が、
丸ごと抜け落ちたまま進行している。
違和感に、不快感。
いやそもそも、本当の話なのかどうかもわからない。
サイコパス気質…。
まるで、モアイだ。
道徳がない。
心に痛覚がない。
〇山はまくし立てるように、喋る。
聞きたくない。
すると〇山は、
全く予期しないことに、
自分にとって、耳に刺さらずにはいられない、ある単語を使い始めた。

「今度、師匠が精神病院に入ることになった。一度入ったらもう出てこれへん。そしたら、オレがもう一歩上の立場に行ける」

精神病院?
何故、精神病院という単語が出てくるのだ。
それも、〇山の口から。
精神病院とは、
これほど耳にするくらい、身近な存在だったのか?
〇山は、
己の職場の不幸だの、精神病院だのを語るのが、
何故あんなに楽しそうなのだ。

「うわああああ!」

気がつくと自分は、叫び声をあげていた。
つい最近、その精神病院とやらに、
閉じ込められそうになったばかり。
「一度入ったら出てこれない」
何の悪気もなく、そのようなレッテルをはる〇山と、
数秒たりとも、同じ空間にいられるはずがなかった。
自分は、弾丸のように店を飛び出した。
料金を支払ったのか、覚えていない。
(おそらく、まだ注文をしていなかったのだと、思うが)

またしても、脱走。
同じようなことを、繰り返している。
繰り返していることに、情けなさを覚える。

(後に聞いたが、〇山は「アイツの頭の病気、治さなアカンな!」と言っていたらしい)

***************************************

このような、出来事であった。
特に大きなことではない。
だが、ここからなのである。

何故だろう?
この件をきっかけに、
自分の不安は、大幅にマシになった。
寝ているとき以外は、絶えず不安だったのが、
わずかながら、平常な心の時間が存在するようになった。
常不安から、予期不安(不安の発作が来るのでは?という不安)
にまで、症状が改善されたのである、
ラクになったのである。
良いことがあったというわけでもないのに。

心とは、わからないものだ。
一体、何がどう作用したというのだろうか?
精神医療とは、何なのだろうか?

***************************************

さらに妙なことに、
自分はこの後、遠藤医師の診察を受けている。
あの脱走劇があって以来、
会わなくなったというわけではない。
そのまま、脱走していれば、
ストーリーとして、すんなりと落ち着くのだが、
現実は、そうスムーズではない。
診察を受けた証拠に、
「精神病院に一度入ったら出てこれない」
という、〇山のセリフを気にした自分が、遠藤医師に相談している記憶が、
はっきりと残っている。
遠藤医師は、

「それはおかしいですね。入ったら出てこれないということは、ないですよ…」

と、言った。
すると今度は、遠藤医師がまともな人間に見えてくる。

「まとも」

まともとは何なのだ?
何もかもが、わからない。

さらに数回、会話のやり取りをする。
何を話したのか、覚えていない。
だがその時、不意に自分は、

「ここは、もう良いだろう」

と、思ったのだ。
音を立てて波が引くように、思考がスッと冷めたのだ。
誰の何が、正しいのか?結局は、わからない。
だがとにかく、この医師、この病院、この場所を、
自分はもう通過したのだという実感が、はっきりこの手にあった。
もう良い。
自分は、自分の意志で次の医師を選ぶのだ。
誰にも強制される必要はないのだと。

つづく→

*この自伝は、事実を元にして書いていますが、あくまでフィクションです*


ド不幸自伝⑫ ~精神病棟見学記⑵~

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≪前回までのあらすじ≫

:20代前半。両親の借金のため、兵器工場で、働くことになった自分は‘モアイ’像によく似た男と、知り合いになった。自分はモアイと、頽廃的な遊戯を繰り返した果てに、消費者金融でモアイのために金を借り入れる。モアイは逃走し、ショックとストレスから精神を破綻した自分は、京都市北部の精神病院へ通うことになる:

***************************************

先程の、
コンクリートの墓場が地獄なら、
デイケアは天国的な場所にすら見えた。

遠藤医師が何と言ったのかは、
覚えていないが、
彼は、実に面白くなさそうな顔で、
自分をデイケアの職員に引き渡した。
自分を受け取った、デイケアの職員は、
薄いピンク色の、動きやすい服装を、
ピシリと身にまとった、
20代後半くらいの若い女性。
失礼だが、
名札の「北条」の文字を覚えてしまった。
当時流行していた、
ショート・ボブとでも言うのだろうか?
髪型の名前が、
自分にわかるはずもなかったが、
切っただけのような、無頓着さ。
とにかく、
全体の印象が小ざっぱりして、
俊敏に動く人だった。
(結局、会ったのはこの一日だけだったが)

「久しぶりの、人間や」そんな気がした。

彼女が、何と言って自分を迎えたのか、
覚えていない。
病棟から流れてきた、
突然の、
新たな利用者である自分を見て、
少々は戸惑ったのかもしれないが、
彼女に排他的な雰囲気は、少しもなかった。
とにかく、丁寧に対応してくれたことだけ、
覚えている。

病棟と違って、
デイケア施設の窓は大きく、
温かな光が、
フローリングの床に反射している。
広い空間の一角には
喫茶スペース、
それに、
やわらかい椅子が並んだ、休憩スペースもある。
窓を開けると、
青い芝生が敷き詰められた中庭に、
すぐ出られるようになっている。
これなら、
簡単に『脱走』することができる…。

***************************************

確か自分は、
中庭にしゃがんで、
スコップ片手に、
土をプランターに入れる作業をしていた。
何故、土をいじる作業をしていたのだろう?

思い出した。

「花壇作り」の課題だ。
デイケアには、タイムスケジュールがあり、
利用者は、何らかの課題を選択して、
時間を消化する。
そして、
夕方に帰宅することになっている。

自分は、土に触れたかったのだ。
少しでも、有機物に触れることが、
改善のひとつだと本能的に感じていた。

土。
土が、冷たい。

7,8人ほど利用者が、
コーラス・グループを作って、
合唱曲を歌っているのが聞こえてくる。
これもデイケアの課題だ。
曲は、

翼をください

すぐ傍で歌っているのに、
まるで、はるか遠くから聞こえてくるかのようだ。
その歌声は、
利用者たちが、
デイケアにいる現状に、
満足しているわけではなく、
いずれは、
この場所から飛び立ちたいと、願っている風に聞こえる。
考えてみれば、曲が
翼をください』というのは、
少し、当てはまり過ぎている。
ひょっとしたら、後付けの記憶かもしれない。
だが、悲しげな声であることだけは、
記憶違いではない。

歌、ラジオ体操、ゲーム…。
課題をこなしている、
利用者を見て、
自分もとにかく、何かに没頭したい、
何かに集中して、
少しでも、
我を忘れる瞬間がやって来て欲しい、
不安と恐怖への強い自覚から、逃れたい。
そういう風に思った。

もう一度、土の冷たさを感じてみる。

気持ちの良い感触。それでも、心は晴れない。
また土を掬う。
すぐ傍に積まれた、球根を植えてみる。
「これで良いですか?」
と、北条さんに尋ねる。
「あ、いいですよ」
北条さんは、戸惑い半分にそう答える。
イヤ、本気で戸惑っているわけでは、なさそうだ。
きっと、
受け答えの際の、彼女のクセだろう。

(自分は、動ける)

そう自身に言い聞かす。
あの蛾のような、老患者たちには申し訳ないが、
入院病棟に戻るのは、恐ろしい。

デイケアの利用者は、
ずっと、同じプログラムを続けるのではなく、
一時間立てば、
休憩を挟んで、別の作業に従事する。
まるで、仕事か学校のようだ。

壁に貼られている、スケジュール表を見ると、
「喫茶係」というのがあった。
読んで字の如く、喫茶スペースで、
作業に従事する係のようだった。

「喫茶係やってみます」

自分は、北条さんに提言した。
「大丈夫ですか?ムリしないで下さいね」
と、彼女は答えた。

「アルバイトをしてたんです」

自分が言うアルバイトとは、モアイの粉物屋のことだった。
自分はモアイにカネを吸い取られながら、
面白がって、
粉物屋のカウンターに侵入し、
作業をしていたこともある。

「オッ、それは頼もしい」

と、北条さんは言った。
だが実際のところ、動ける自信はない。

喫茶係は、
自分と利用者の女性二人が、担当することになった。
それに、北条さんも加わる。
皆で、揃いの三角巾をつける。

(自分は、デイケアの方が向いている)
心に言い聞かす。

客がいなかったのは、
開店して10分の間だけであった。

時間は11時過ぎ、
丁度ランチタイムに突入する頃である。
喫茶スペースに来るのは、
院内の人間だけでなく、
外部からの、
医療機器メーカーか何なのか、営業マンらしき、
黒スーツ姿の男性数人の姿もあった。
自分は、コップに氷を入れる作業に従事していた。
ただ、氷を掬っているだけなのに、息が切れる。
だが、それを悟られるわけにはいかない。
様子を見ていると、
まともに動けるのは、
北条さんのみで、
ふたりの女性は、表情に生気がなく、
客の注文を、マトモに取ることすら、
ままならないようだった。
黒スーツの男たちは、
そんな彼女たちにも、容赦なくイライラした態度を示す。
北条さんも、
フォローが出来たり、出来なかったりだ。

(いつも、こんな感じなのか?)

まるで成り立っていないのが、不思議だった。
自分は、ひたすら氷とジュースを入れる。
呼吸が荒くなる。

(考えが、甘かった)

ハアハアゼエゼエと、息切れの音が漏れる。
動悸がする。恐ろしい。

***************************************

「忙しかったですねエ!」

と、北条さんは三角巾をはずして、自分に言った。
答える気力はない。
(今日は、特別ということなのか?)
状況を、理解しようとした。
今にして思えば、
単に、健常な人間からすれば、
どうということにない、労働なのだろう。

落胆したのは、
「喫茶係」の課題が終わっても、
それに課題の最中であっても、
胸の中にある不安が、少しも抜け落ちないことだった。

(一体、何をどうすれば、この胸のうちの『毒』は、俺からおさらばしてくれるのだ!)

その時、
背後から急に、
誰かが自分に話しかけてきた。

「自分、初めての人やなア~」

聞いたことのない、声だった。
振り向いて、その人物の顔を見てみた。

特別な人物ではない。
ただのデイケアの利用者、ただの男だ。

「ハイ」

とでも、自分は答えたのだろうか?
男の顔は、マヒしているのか、
ひどく引きつっていた。
それが、はにかんだような笑顔であることは、わかった。

「オレなんか、ここに入ってもう12年やああ」
そう言って、
男はさらに顔面をくしゃくしゃにして、笑った。
その瞬間だった。

「おわああああ!」

-と、叫んだのは、自分だった。
デイケアの空気が凍りついた。
自分は、とっさに北条さんの手を握った。
「先生を、呼んで下さい!」
そう叫んだ。
「どうしたんです!?」
と、北条さんは言った。

「今の人が、今の人が怖いんです!」

自分は、話しかけてきた男のことを、そう言った。
ひどいことを、口走ったのものだ。
自分は、
この場所でただのひとりも友人を作り、
住み着きたくなかったのだ。
だから、

「ここに入って、もう12年」

この言葉が耳に入ったとき、
恐怖が、瞬間的に増幅した。
体は急速に冷え、全身が震えて動けない。

「どうして、気さくな人なのに?」北条さんは言った。

自分は、怖々男の顔をチラリと見た。
その顔は、今でも記憶に残っている。
写真のように固定された、顔。
その無表情が、
悲しみなのか、戸惑いなのか、驚愕なのか、わかりようもない。

***************************************

5分も経たないうちに、
遠藤医師がやってきた。
彼は、震えて動けずにいる自分を見下ろし、

「私も、5、60人からの患者を抱えてまして…」
と、最早はっきりと、露骨な嫌悪の態度を示した。

「もう良いんです!」自分は言った。
「何が良いんです?」遠藤医師は言った。
「良いんです!」

自分は、
北条さんの手を離し、遠藤医師からも遠ざかり、
窓を開け、庭へと出て、

そのまま脱走した。

おそらく、
話しかけてきた男も、
北条さんも、
デイケアの利用者も、
遠藤医師も、
皆が、自分を見ていただろう。

絶望の塊のような気分だった。
恐怖の球体と化した自分が、
道を転がっていた。
どうやって帰ったのだろう?
何故無事に、抜け出れたのだろう?
治療代は、支払ったのだろうか?
全く覚えていない。
だが、現に生きている自分がここにいて、
こうして文字を打っているのだから、
無事だったことには、間違いない。

だが、しかし、だ。
今、気づいたことがある。

自分は、
この時、治りはじめていたのだ。

治ったのは、
もっと後のことだと思っていた。
違う。好転はもう始まっていたのだ。
逃げた。自分は逃げた。
とにかく走って逃げた。
実際には、
息も絶え絶えの精神病患者が、
走れたはずもないだろう。
だが、心は走っていた。
抜け出した方法は、覚えていなくても、
目に映った景色は、覚えている。
病棟の灰色が溶け、足元の芝生の青緑が流れた。
温かい、春。
青緑は、流れる。
どんどん、スピードを上げて流れる。
足裏が、非力に地面を弾く。
靴越しの、その感触も覚えている。
抵抗した。
土を蹴った。
黄色いタンポポが点在していた。
蹴った。どんどん蹴った。
逃げろ。ここから逃げろと。
逃げるのだ、と。

自分は、治ろうとしていたのだ。

つづく→

*この自伝は、事実を元にして書いていますが、あくまでフィクションです*







ド不幸自伝⑪ ~精神病棟見学記⑴~

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≪前回までのあらすじ≫

:20代前半。両親の借金のため、兵器工場で、働くことになった自分は‘モアイ’像によく似た男と、知り合いになった。自分はモアイと、頽廃的な遊戯を繰り返した果てに、消費者金融でモアイのために金を借り入れる。モアイは逃走し、ショックとストレスから精神を破綻した自分は、京都市北部の精神病院へ通うことになる:

***************************************

何故だろう?
記憶の男よりも先に、
診察の番がまわってきた。

死霊に取り憑かれたまま、
自分は、遠藤医師の前に座った。
開口一番、

「今にも自殺しそうなんです、自分が自分を殺しそうなんです」

こう言った。
心の内を、
順序立てて、説明する余裕がない。

「重傷です!」

遠藤医師は言い切った。
「入院してください。このまま行くと、精神分裂病という、もっと恐ろしい病気になります」
遠藤医師は、手に持っていたボールペンを、机に投げつけ、
(医者が患者の目の前で、そんなことをするはずがない。おそらく、記憶違いだろう)
険しい顔で、立ちあがった。

「これから、病棟を案内します」

遠藤医師の、この決断の早さは何だというのか。
自分には、彼が気が狂っているように見えた。

精神分裂病?分裂する?おれはおれだ。苦しいだけだ。精神分裂病ってなんや?)

「着いてきてください」
遠藤医師は、傍にいた看護師と共に、
彼の背中に隠れていた、隠し扉のような出口を開けると、足早に診察室を抜け出した。
自分は、着いていくしかない。

(彼は、どうなるのだ?)

医師の不在のために、放置されてしまっては、
待合室で男は、頭を引っ掻き続けることになってしまう。

遠藤医師は、無機質な速足で歩く。
自分は、ひたすら着いていく。
入院病棟への侵入が許されたのだ。
いよいよ、院の内部にまで食い込むことになる。
だが内も外も、表も裏も、
どこに行こうが、
冷たいコンクリートの壁であることには、変わりない。
視界が、灰色いっぱいに、
埋め尽くされていくような気がする。
こちらは、歩くことが辛いというのに、
遠藤医師は全く歩みの勢いを、ゆるめない。
遠藤医師は、自分の病状を、
全く理解していないのでは?と、思う。
履いていられない程に、スリッパが重い。
視界の灰色は、脂肪のようにだらしなく溶けていく。

(入ってしまえば、自分は安心できるのだろうか?)
そんな思いも、湧く。

***************************************

エレベーターに乗り、
病院の最上階へと、到着した。

(新しい住家の確認になるかもしれない)

わすかでも、心地良さや安らぎの要素を、
拾い集めようと、じっと目を凝らす。

甘かった。

そこにある景色はどう見ても、
現世の「墓場」だった。
まるで、水しずくひとつない廃校のプール。
窓から少しは、光が射しているというのに、
空間全体が暗い。
寝巻姿の何人かの老患者が、
蛾のように、身動きひとつとらず、
ぽつりぽつりと、それぞれ、わずかずつ感覚を開け、
壁にピタリと身を寄せている。
患者の数が、少ない理由がわかった。
全てここに「寄せ集められて」いたのだ。
段々と、状況が理解できてゆく。
老人たちが「停まっている」お尻の下も、
むき出しのコンクリートだというのに、敷物ひとつ敷かれていない。

記憶が確かなはずはないのだが、
そこここに、扉があった。

(固く重い扉の向こうには、何があるのだろう?自分の部屋になるのだろうか。ここに「停まる」老人たちが、友人となるのだろうか?)

「ここなら、すぐに誰かが駆け付けられます!」

遠藤医師は、
自信たっぷり、爽やかな微笑みさえ浮かべながら、
そう言った。

(どうして、この医師は、自分をこの場所に閉じ込めるようなことができるのだろう?)

遠藤医師に、怒りを感じたというわけではなかった。
そもそも、怒りを感じる気力などない。
まして、
この場所にいる、老患者たちと自分を差異化したわけでもない。
ただ単に、医師の物言いに、本能的な恐怖を感じたのだ。

この医師は、仕事に馴れすぎている。
馴れというのは、一歩間違えれば非常に恐ろしいものだ。
遠藤医師は、
この、精神病棟という場所が、
唯の場所ではないことを、感じることが出来なくなっている。
絶望的鈍感だ。
医師のヒューマニズムの心底を、限界を、
全く、思いがけない角度から通知された気がした。
冷静に考えれば、
治療というものは、担当医にもよるし、タイミング(!)にもよる。
ケースバイ・ケースだ。
だが、公共の大病院が発点となった、精神医療のルーティンワークは、
悪気があろうが無かろうが、
その存在が人を救うためよりも、整理することが目的になってしまっている。

一部の現状を、肌で感じてしまったというわけだ。

「引きました、おれは引きました」

自分は、遠藤医師にそう告げた。
「引いたんですか…」
遠藤医師は、明らかに不満気な表情を見せて、言った。
彼がそんな表情をしているのを見たのは、
診察を受けて以来、初めてのことだった。

「あっちは、どうなんです?」

自分は、
窓の外に見えている、別棟を指差した。

「あれは…デイケアですよ?」遠藤医師は言った。

「あっちの方が、まだ入れそうです」
デイケアが何なのか、わからなかったが、
自分は診察室から、この最上階に来る間、
そのデイケアの持つ雰囲気を、遠目で捕えていた。
見る限り、
病院内で唯一、清潔で明るい雰囲気だった。
とにかく、人が動いてる。
何やら、売店らしきものもある。
ソファや壁の色だろうか?黄やオレンジ系の暖色が、見える。
それだけでも、ホッとさせられる。
どのような患者が、あそこにいるのだろうか?

「あっちなら、行けるかも知れません」自分は、意志を押し通そうとした。

「そうですか?なら見学してみましょうか…?」遠藤医師は、渋々言った。

まるで、アルバイトの面接の失敗を、繰り返しているようだった。
次、雇われないと、もう生きていける場所が、ないのかもしれない。
そんな感じだ。

つづく→

*この自伝は、事実を元にして書いていますが、あくまでフィクションです*



主夫日記2月22日 ~北神圭朗さんの政治塾で学ぶ~

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今日は、
ちょっとムリをして、
衆議院議員で、現在は無所属で浪人中、
あの北神圭朗さんの、政治塾で勉強してきた。

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北神さんには、
以前、日米地位協定の勉強会でお会いしたことがあり、
言うならば「アウェイ」の集まりで、
逃げも隠れもせず語り合い、
そのスケールの大きさと、穏やかなお人柄にも惹かれ、
機会があれば、
北神さんの「ホーム」で、
ゆっくりお話を聞きたいと、思っていた。
今回、
自らが講師を務められる、
政治塾が開催されると聞き、これに行かない手はない。

家事を完璧にすませ、
今日だけは特別に、パートナーに後を任せ、
自宅からは、
ちょっと距離がある右京区まで、車でひとっ走り。

何せ、北神さんの塾である。
自分のレベルを思うと、気後れもあったが、
敷居を、意図的に低くしてくれているのか、
何も政治家を目指す人間に、限定した塾ではなく、
老若男女、
誰でも参加OKと案内にあったので、
ぐずぐずしていた背中を、ポンと押された。

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確かに会場は、
老若男女、
学生さんらしき姿もチラホラとあった。
どちらかと言えば、
地元の方が多い雰囲気で、
自意識過剰なヨソモノ感を覚えて、
やや、気恥ずかしい。

事前に書いておくが、
深く広い、
北神さんの話を消化し、まとめる力量など、
私にはない。
どう書いても、自身のメガネを通した偏りは出るし、
講義内容を、正確にメモしたわけでもない。
おまけに私は、
記憶を都合良く、淘汰するクセがあるから、
北神さんがこう言った!とかではなく、
あくまで、ただの軽い感想文。
(ネタばれになってもいけないし、ごく一部を)
記録としては大間違いだろうし、
そんなことで、
ご迷惑をおかけしてもいけないので、
ぜ~んぶ私の『解釈』くらいに捕えてもらえれば、と思う。


本日のテーマは、

ズバリ『政治とはなにか』だった。

この問いに対する答えは、
ひとつでなく、
講義内容やレジメの中に、
いくつか散りばめられていた。

(別に、禅問答に興じていたわけではない。なにせ話は多岐に渡っていたし、私の理解力も追いついていない)

そのうちのひとつが、
「政治とは、利権・利害を調整すること」だった。
まるで、
ドロ沼のようなカネと人脈の中に、
蓮を一輪咲かす。
政治とは、そのような世界らしい。
実に「面白くない」定義!
ゆえに、大事なのは予算の振り分けであり、
町内会と一緒のこと。
ただ違うのは、
国という大きな単位だから、
防衛など大きな問題が入ってくる。

ドロ臭い話で、終わらない。
北神さんの話の魅力のひとつは、
実感的な世界感覚。
海外に出た経験が無く、
鎖国的な世界で生きている私には、
びっくり仰天な話ばかりだ。

例えば、
日本のヒエラルキーは、欧米に比較すると実はゆるいらしい。
フランスの官僚など、オペラや劇を書くほどの教養が必要、
知事も会社も、天下りがほとんど。
トランプ氏とて、金融関係の大学院を出ているスーパーエリート。

大国の政治の、
ウンザリするような悪しき姿の説明もあった。
デモや暴動や革命が起きるのは、
それほど圧政がスゴいから。

日本の産業技術の衰え、人口減少の危機、医療問題、
近隣諸国との関係、アメリカとの関係…話は尽きない。

質疑応答では、
自分が、
9条改憲反対の立場であることを踏まえ、
安倍首相が、
正面から改憲を訴えず、
二項維持、自衛隊明記という、
ねじれた案を出してくるから、
安全保障を現実的に考える議論にならない、
こんな状態で、国民投票に持ち込むのはおかしいのでは?

と、北神さんに尋ねたところ、

それが、安倍首相の『政治技術』らしい。
二項維持で、庶民を改憲に馴らし、
いずれの二項削除を狙うのが真意ではないかと。
何たる現実か。

今回の講義で、
最も心を揺さぶられたのは、
どういう流れで、
そんな話題になったのか、
防衛の問題。

赤提灯で、一杯引っ掛けながら、
近隣諸国に威勢の良いことを言うのは、
たやすいが、
現実に、
例えば尖閣諸島などで、
有事が起こった場合、
本当に命をかけることができるか?
北神さんは、
これはシェイクスピア的な、
人生の問題だ、と仰ってた。

このニュアンスを、
文字で伝えることは、難しい。
というより、
解釈は、ひとりひとりに委ねられるし、
もっと言うと、
ひとりの人間としての、立ち位置が試される。
私の立ち位置からの解釈は、
戦闘状態に陥るきっかけひとつ作らせない、努力を、
一庶民として続ける。
でも、
国境とは常に、
暴力のせめぎ合いであることも、
悲しい現実。
この現実から目を背けて、
いざという時の自分を、
内心で一度たりとも問わないまま、
平和運動をすることは、
自身の魂と言葉を腐らすと、
臆病の塊の私でも、思うのだ。

(『オトコ』っぽい話だと言われれば、そうだが)

正解かどうかわからないが、
北神さんのメッセージは、
そんなトコにあるのでは?
と、考えた。
(これが、まるで北神さんが好戦的であるかのように、ウワサされたりする、誤解が生じているらしい。この誤解はすごく勿体ないし、ウィキぺディアの説明なんかも、大ざっぱだと思う)

講義終了後、
北神さんの著作にサインと言葉を頂いた。
これは二度目のことで、
前回は、

『正心誠意』

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読んで字の如くだろう。

今回は、

『寛猛』

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パソコンで検索して見ると、
『寛猛相済う』とある。
孔子の春秋左氏伝からの言葉らしい。
政治は寛大と厳格をうまく調和させて行うと良い、
という意味。
なるほど、生きていく上でもそうかもしれない。
北神さんは、老師の風格だ。
講義は、
東西の古典からの引用も多く、
大河ドラマの主人公、
西郷隆盛の「南洲翁遺訓」からの引用もあった。
自分は維新とやらは信用していないし、
英雄譚にも興味がないが、
幕末の時代、
まだ若い木戸孝允が、
さほど年齢も違わない、西郷に敬意を表して、
「老西郷」
と書簡に認めたという話には、
それだけ独立して、粋なものを感じた。

『寛猛』の文字を見て、

北神さんにも、
そういった敬称が、しっくりくるのでは、
と思った。

北神塾、面白いです!


ド不幸自伝⑩ ~不幸とは何か?~

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≪前回までのあらすじ≫

:20代前半。両親の借金のため、兵器工場で、働くことになった自分は‘モアイ’像によく似た男と、知り合いになった。自分はモアイと、頽廃的な遊戯を繰り返した果てに、消費者金融でモアイのために金を借り入れる。モアイは逃走し、ショックとストレスから精神を破綻した自分は、京都市北部の精神病院へ通うことになる。苦痛を抱え、精神科の待ち合い場所に腰かけていると、真横に見知らぬ男がいた:

***************************************

いくら肌寒い病院内とはいえ、
春は春だ。
なのにその男は、完全に冬服だった。
あずき色のロングコート。
自分は、コートの厚みと重みを、
すぐに捕えることができた。
なぜならそれは偶然、
自分が持っているのと、
全く同じコートだったからだ。
コートから出ている、
男の手と顔の部分は、
そこだけがまるで、
モノクロ写真のように見えた。
生命感というものが、ない。

男はいきなり、
両手で頭を抱えて、
雑に伸びた髪の毛を、
激しく爪で引っ掻きはじめた。
傍の灰皿が、
ガタガタと音を立てて、揺れた。
自分は、思わず男の動きにつられて、
自身の髪の毛を、爪で引っ掻いた。

「ウウッ、ウ~」

男は、うめき声を上げた。
自分は、男のうごめく髪の毛を見つめた。
年齢は、おそらく自分と同じくらいだろう。
人とは思えない気がした。
こういう所へ来る人間には、
何処か、似たところでもあるのだろうか?

(こいつは、苦しいのか?)自分は思った。

***************************************

苦しい苦しいと無闇やたらに書いているが、
この時期の自分の苦しさが、
どういうものだったのかを、
説明する必要があるだろう。

一言で言うならば、

「殺される」

と、いう恐怖だ。
そもそもは、
モアイに追い詰められていたとき、
街中の牛丼店で、
内面に湧きあがった大きな恐怖が、コトの始まりだった。
やがて、恐怖が時を選ばず発生しはじめ、
恐怖を感じないときが、無くなってしまった、
という所までは、説明した。
加えて、
今度はその恐怖から逃れるために、
いっそ命を絶とうとする、もうひとりの自分が、
自分の中に発生したのだった。
元々の自分は、
自殺を考えたことなど、一度もない。
むしろ生への執着が激しい方で、
常に「死にたくない」と思っている。
だから、命を絶とうとするもうひとりの自分は、
自分の内面に巣食っていながらも、
自分の全く知らない誰かのようだ。

「おれが、おれに殺される」

死にたくない。
だが追手は、
自分の胸の内にいる奴だから、逃げようがない。
24時間、殺し屋が自分に向かって、
銃口を向け、引き金に指を当てている。
隙あらば、自分の体を崖下にでも投げ飛ばし、
存在を消しにかかろうとする。
だから、
どこに留まっているのも、
どこを歩くのも、
電車に乗って移動するのも、
人混みの中にいるのも、
ひとりでいるのも、
広い場所にいるのも、
狭いところにいるのも、
怖かったし、
薬の効果が無いことを、
延々と恨み続けていた。
簡単に説明すると、そういう事である。

***************************************

(おまえも、苦しいのか?)

自分は、
髪の毛を引っ掻き続けている男に、
心で問いかける。

(おまえは、苦しいのか?殺されかけている、今のおれと、どちらが苦しいのだ?)

「ウウッ、ウ~」

男は相変わらず、うめき声を上げている。
客観的に見ると、
自分は動きひとつなく、
オレンジ色の長椅子に腰かけて、
男を見つめているだけだ。
のたうちまわっている男に比べれば、
全く苦しそうには、見えない。
上には、上がいる。
不幸の上には、
さらなる不幸が存在するのだろうか?
この後、
順番に診察室へと呼ばれ、
治療を受ける自分と男は、
挨拶も交わさず、
待合室で会ったのも、これきりだったので、
男がどのような運命を辿ったのか、
自分は知らない。
生きながらえたのか?
死んだのか?
それがわからぬのだから当時の自分と、
記憶の男を振り返って、
どちらが不幸だったのかを測ることは、できない。
だが果たして、
そのように、不幸の背くらべを試みることに、
意味があるのだろうか?
おそらく、ない。
なぜなら、
不幸はいつでも、
偶然の力で、適当にピックアップされた人間へと、
並列に割り当てられるものだから。

仮に記憶の男が、
その後死んだのだとしたら、
自分の方は、生き残ったということになる。
だから今こうして、文章が書けている。
生き残って思うのは、
人生の中で自分の心を支える底板が、
一番ブ厚かったのが、
皮肉にも、
この最も不幸だったときではないか?
ということだ。
何故かというと、
それ以上は、
堕ちようがないところにいるわけだから、
這い上がるしかない。

不思議なもので、今の自分は、
却って不幸を求めている部分がある。
決して、あの頃に戻りたいというわけではない。
苦しいのは、もうゴメンである。
だが、
不幸の最中にいて、
這い上がる以外の選択肢がなくなったときに、
人がブ厚い底板を内面に得て、
強い心を持つことができる実感は、悪夢の恩賞として、
確かにこの手の中にある。
何のために生きているのか、
わからなくなるほどの、
もろくぼんやりとした平穏に包まれるより、
襲いかかってくる苦難に、
自ら近寄って行くことで不幸を得て、
心の強さを得て、生の実感を得る。
この場合の不幸は、
まるで生きるためのジャンプ台だ。

ゆえに意外と人は、不幸を求めるのではないかと思う。

「私の方が不幸せだ」と。

かといって当時の自分が、
積極的に不幸を求めていたわけではない。
自分をここまで不幸にした、モアイとの出会いは、
それこそ単なる偶然だ。
適当にピックアップされ、
不幸を割り当てられただけだ。

重要なことは、
不幸を呼び寄せた、
モアイとのつきあいの過程で、
自分がロクなことをしていないという点だ。
その有様は、散々この「ド不幸自伝」に書いてきた。
だが、ロクなことをしていなかったのは、
実際のところ、
モアイに引っ張られていた時期だけでなく、
モアイと出会う以前もだったし、
この病が感治し、生還してからもさえ、
自分はロクなことをしていない。
自伝とは言え、
何もかも書くことはできないが、
あらゆる場所で、
自分が自分に殺される以前に、
他者を、まるで殺すほどに傷つけているのは確かだ。
自分の存在が、
バチ当たりなものであることを思えば、
人生の中で自分の心の底板を、
最もブ厚くしたとかいう、
自身の不幸など、
とるに足らない、
ゴミのようなものだということだけは、
ハッキリと記しておく。

本当に、
究極な不幸とはおそらく、
自身に訪れるものではなく、
愛する他者が、
悲しさにまみれて死ぬようなことなのだろう。
そのような不幸は、いくらでもある。
例えば爽やかな朝に、
コーヒーを飲みつつ、
新聞記事に軽く目を通すだけでも、
世界は究極の不幸に溢れかえっている。
戦争、紛争、公害、事件、事故、etc…。

今は真夜中なので、
コーヒーではなく、ホットミルクを飲みながら
こうして気楽に文章を書いている。
自分は余程、気楽で呑気な顔をしていて、
話しかけやすいからなのか、
パソコンで文字を打ち込んでいる、
合間合間に、
メールやメッセンジャーで、
人生相談を頂くことがたまにある。
様々な相談事に目を通すと、
正に人生は苦難の連続だと思う。

「いっそ、死んでしまいたい」

とまで、打ち明けられる時もある。
死んでしまいたい程の苦しみに、
自分はどう答えることもできない。
そんな時は、
とりあえず、この頃の自分を説明してみる。
死んでしまいたいと思うより先に、
自分が自分に殺されかける時だってある。
少なくとも、自身が体験した、
「自殺未遂」
とは、そういうものだった。
体を傷つけることや、
紐でくくることではない。
だから、一応言ってみる。

(生きてみないか?)と。

だが、
愛するものを悲しく失った程の、
不幸の経験を相談されたとしたら、
自分ごときの貧しい経験を差し出し、

(生きてみないか?)

と、声を架けたところで、届くはずもない。
どうすれば良いのか?
どうしようもない。
当事者と傍観者の悲しい壁が、そこにある。
届かないことを承知で、
言ってみるのだ。

(おい、生きてみないか?)と。

いや、
どうすれば良いのか、わからないからこそ、
もう一度言ってみる。
ひょっとしたら、届くかもしれない。

(おい…生きてみないか?生きてみないか…)

もう一度。
あきらめては、ならない。

(生きてみないか?)


つづく→

*この自伝は、事実を元にして書いていますが、あくまでフィクションです*